老人医療費無料化(1)


公明党の草創期に、私は党員として防衛問題を学習していました。(私が防衛問題を考える基本になったきっかけは「創価学会の第2代・第3代会長が公明党を誕生させたのは憲法9条を守りきる為です」というご指導があったからです)ある時、自民党の「丹羽ゆうや」氏の選挙事務所を訪問し「30分ほどでいいので私との話し合いの場をもうけてくれないでしょうか」と頼み込むと、選挙期間中の貴重な時間を割いて私との対談を応じてくれました。
*丹羽ゆうや氏の父親は丹羽喬四郎(にわきょうしろう)氏です。議員としての最大の権力を持っていて筑波学園都市の誘致を行った方です。父親の死後、地盤を受け継いで衆議院議員に出馬しました。

対談になると、私は話し合いを早急に済ませようと、丹羽ゆうや氏に端的に質問しました。
・自民党のシンクタンクに成りつつあった、隊友会が発行している「防衛開眼」という雑誌には、日本の防衛は最低限GNPの2%が必要であると掲載されていた事。
・アジアクォータリーで緒方尚子(後の国連平和大使となっている)が、防衛費をGNPの4%以上最低限必要だという事を投稿されていた事。
それらの意見を参考に、「防衛費をどう考えているのか」と。

それに対し、丹羽氏は少し考えて直ぐに答えを出してくれました。「防衛費というのは、必ず互いの国のパワーバランスという考え方が存在します。つまり、敵対国の人殺しの力を予測して、こちらもそれに見合うだけの力を備えてなければなりません。例えばお隣のソ連を考えてみて下さい。ソ連を敵対国と考えた場合、日本の国家予算の全てつぎ込んでも、ソ連に対抗するパワーバランスなど出来るわけがありません。この様な無駄なお金の使い道をするよりは、日本国民の生活を豊かにする為に『福祉予算』に使います。そして私が議員として当選したら、厚生労働大臣を目指し、老人医療費無料化を実現します」と。

当時の自民党議員としては意外な言葉に私は驚かされました。そして更に話は続きました。

「敗戦後の日本には戦争孤児が沢山いました。親兄弟を全て失い、幼い子供がたった一人で生き抜いた時代があったのです。私の知っている中小企業の社長は、親も住む家も無くアメ横のガード下で寝て暮らし、お腹が空いても満足に食べられなかったのです。それでも必死に生き抜き、現在の日本経済を作ってきたのです。その様な人達が老人になって身体が衰えてきた時に、高額な医療費を支払えというのは、あまりにも無慈悲な話ではないでしょうか。ぜひとも、年をとった老人には、無料でかかれる医療が必要なのです」と。

続いて「私の所属している『宏池会(こうちかい)』では、日本の福祉を最も大切な政策と考えています。宏池会の代表である加藤紘一氏は、不戦の誓いの憲法9条(昭和天皇の妻、皇后様が提出された)を、私が自民党にいる限り絶対に守りきるという言葉を座右の銘としています」という事を教えて下さいました。

その時、加藤紘一氏が丹羽ゆうや氏の選挙支援の為に事務所を訪れましたので、話し合いはこれで終わりました。忙しい選挙期間中であったのにも係わらず、私との対話をして下さった事に感謝を述べ、選挙事務所を出る時、加藤紘一氏と目が合ったので、思わず握手を求めたら快く握手をして下さいました。その眼光は鋭く光っていました。私は、憲法9条を守って下さいという強い思いで握手をし、自民党の中にはこのような素晴らしい人達がいるのだなと初めて分かりました。

(つづく)











2025年08月25日