副題 「自分達の生命財産を守る為に厳しく政治の監視をするべきです」
仏法では時を重視しています。この時を逃してはチャンスは無くなります。
スターリンが悪政をし始めた時、一斉にウクライナ地方の人々が立ち上がっていれば、スターリンの悪政など、木っ端みじんになっていた事でしょう。(この当時のウクライナ地方は、ロシア軍最強と言われた「コザック兵」の発祥の地です)
そしてドイツについても、素晴らしいワイマール共和国憲法が有ったのに何故、ヒトラーという独裁者が生まれたのでしょうか。ヒトラーは巧妙に国法を操り緊急事態法を造り、その条件が整った時点で独裁者になっています。この当時の緊急事態法は、「緊急事態になれば全ての法律が無視され、憲法も無視される」という仕組みでしたが、ドイツ国民はこの法律が決められる事を見逃し、ヒトラーの独裁を許しています。
またベトナム戦争では、カンボジア国王のシハヌーク殿下が外遊中に、アメリカ軍が軍事的クーデターを起こさせ、その結果ポルポト政権が誕生しました。このポルポト政権は、国民の半数以上を殺害するという悪政をしています。
これらの悪政を許したのは、「国民が政治に関心を持たない」という無責任から生まれています。
日本においても安倍政権時代、ドイツのヒトラーを真似して「緊急事態法」を成立させています。この緊急事態法は国会で論議されている中、野党(共産党・れいわ新選組)からは「この法律が成立してしまえば、一極集中の独裁政権が生まれてしまう」と言う強い批判が出ていましたが、安倍晋三は「『地方自治法』が有るから一極集中にならない」と否定し、この法律を憲法違反の閣議決定で成立させてしまいました。しかし多くの国民は、この様な独裁政治に向かう安倍政権(自民・公明)を、相も変わらず指示しています。その後の石破政権によって、この地方自治法を改正し、独裁政権の構築に向かって、まっしぐらに進めています。
しかも岸田政権の時には「吉田密約」を受諾する意向をバイデン大統領に約束しています。吉田密約とは、有事の際アメリカ軍の極東軍司令官に、日本の自衛隊を従わせるという条約です。(この条約を受諾した瞬間から日本の自衛隊は、アメリカ軍の先兵として命を捧げなければならない状況に追い込まれています)
今すぐアメリカ傀儡の自公政権を崩壊させなければ、私達の生命財産が奪われてしまう結果になります。もう既に日本の破壊は眼前に迫っている話です。政治の悪政を気が付いた人自ら今すぐ立ち上がる事を私はお勧めします。今立ち上がらなければ、全ての機会を失われてしまうという事になるでしょう。
*元来の「地方自治法」とは、地方自治体の独自性によって行政が行われるものでしたが、改正によって「国の命令に従わなければならない」という法律に変わっています。これまでの自公政権が行ってきた法律の改正は、少しづつ少しづつ変える事によって、国民が気が付かない(悪法)になっています。この様な政治を行わさせているのはアメリカ軍学の手口です。
池田先生より「政治を監視していきなさい」というご指導があり、その時(1978年の頃だと記憶していますが)山崎正友が「日本創価学会学生部政治監視連盟」の設立を創価学会の学生部員達に呼び掛け、その結成式を代々木公園で宣言する事になったのです。その事を知った私達(青年部)は、共に立ち上がろうと独自に代々木公園に集まり(当時の警察の発表では約7万人が集まったと言われています)、「日本創価学会青年部政治監視連盟」の設立をヘルメットを頭にかぶりながら共に叫んで、誓い合いました。
その時集った仲間の市会議員経験者のYさん、ラーメン業のMさん、私達に声を掛けてくれた関東青年部長等々、今は既に老人となり、若き日の政治を監視して行くという誓いを忘れてしまったのだろうか。あの代々木公園で機動隊に取り囲まれたなか誓い合った、政治を監視するという熱き強い想いは、消えてしまったのか。Mさんはラーメン業の忙しさのあまり、全く政治を監視していないというのか。あの時の若き日の誓いは忘れてしまったのか。私は身体が衰え、ジジィーになった今でも、あの時の決意は忘れてはいない。
池田先生が「日中国交正常化提言」を呼び掛けた、第11回学生部総会が行われた日大講堂の2階の席から、私は「あらゆる難を乗り越える」という意味で『怒濤の茨城』という垂れ幕を掲げ、池田先生と共に戦う決意をしました。この時、YさんもMさんも一緒に会場に集った同志の一人です。
我々は、代々木公園の集会で立ち上がった「政治を監視する」同盟ではないのか。今、立ち上がらないで、いつ立ち上がる時が来るというのか。まずは、私のご近所の、かつての同志に呼び掛けます。今、立ち上がらなければアメリカ傀儡の奴隷的政権を破壊するチャンスは、もう二度と来ないかもしれない。声を上げようではないか。例え池田先生を裏切った山崎が企画した政治を監視する同盟であろうとも、そこに集った私達は正直素直な気持ちで集まったはずだ。「青年政治監視同盟」の諸君、もう私達は後が無い状況に追い込まれているのです。
(つづく)






