副題 「広宣流布」
「東洋哲学研究所の役割」
池田先生は第三代会長になると直ぐに、学生部に対して提言をしていました。
「西洋ではキリスト教を基盤として様々な哲学が生み出され、その哲学が西洋社会の基礎的な考えとなっています。日蓮大聖人様の生命哲学を勉強する君達の中から、やがて教授や師範の人も出てくるだろう。そして論文も書く人も出てくるだろう。私達のアジアの中から誕生した仏教を基盤として、新しい哲学が生まれるかもしれない。専属の研究機関を置く事により、やがては新しき世界の平和哲学(日蓮大聖人様の生命哲学に基づいた)が生まれるでしょう。その為にも皆様の社会を運営する為の、基礎的な平和哲学となる事を目指して「東洋哲学研究所」の開設を目指します。」
と言っていました。
そして昭和37年に「公益財団法人 東洋哲学研究所」として設立出来たのに、未だに新しき生命哲学を確立していません。
安倍晋三の集団的自衛権が国会で論議されていた頃、この東洋哲学研究所出身の、どこぞの大学教授という輩が「キリスト教にも悪が存在し、日蓮大聖人の仏法を学ぶ人にも悪が存在する」などと言う、とぼけた事を発していた間抜けがいたが、高い研究費用を頂いて何を研究していたというのか。
キリスト教の哲学の不備は、とうの昔にエンゲルスが「人間不平等起源論」を発表しています。この考え方が基盤となって、マルクスが「唯物論」や「資本論」として資本主義経済を批判しています。これ(ソビエト連邦の社会主義社会)を政治的に実行したのが、ロシア革命を実行したレーニンであり、それが通常「マルクス・レーニン主義」という哲学になっています。
この様なキリスト教の欠点を見事に克服したのが、思想家ルソーが生み出した「ワイマール共和国憲法」なのです。
どこぞの間抜けが今更キリスト教を研究して何になるというのか。
アジアには太古の昔モハメドが築いたエルサレムが有り、モハメドがイスラム教を生み出しています。
モハメドのコーランの教え(聖書)では、「人には様々な能力があり、中には財を貯める富裕層が存在するが、その富裕層達は貧しき者に手を差し伸べなければならない」という教えがある。この教えが現在当たり前のように使われているボランティアという用語の起源となっています。
そして異教徒に対する戦いを『聖戦』と呼び、その聖戦に参加する為には、「父母の許可を取らなくてはならない」という教えがあります。家族愛にも徹した教えがあります。
古代ローマの時代、エジプトにアレキサンダー大王という強力な破壊者が生まれ、その大王がローマにいつ攻め込んでくるのかという恐れのなか、大王がエルサレムに近づき、モハメドの影響を受けてから急激にその力を失い、ローマは「ほっと胸をなでおろした」という昔話までありました。イスラム教が、とうの昔(世紀前)に偉大な平和思想を持っていた事が分かる話です。
なぜ東洋哲学研究所の研究員達は、アジアの哲学でさえ学習してないのか、呆れたアホどもである。イスラム教のコーランくらい真剣に学習してみてはどうだろうか。イスラム教は、今では三大宗教となって世界中の人々に信仰されています。たとえ日蓮大聖人様の生命哲学が理解できないアホどもであろうと、コーランくらいは学習できるであろう。
池田先生は、「日蓮大聖人様の生命哲学を基盤とした『殺生をしない、させない』という哲学を世界に広める事によって、それが恒久平和に繋がる」とし、それが実った時が「広宣流布」と定めていました。そしてまた、新しい哲学を掲げた世界を「新世紀」と名付けていたのです。この様に、日蓮大聖人様の「生命尊厳の仏法哲理」を基塾とした、新しき『哲学の誕生』を目指し、東洋哲学研究所を設立したのです。
もう既に池田先生がお亡くなりになっているのに、未だに新しき生命哲学を生み出せないでいるのか、給料もらいのヒル的学者連中である。
池田先生は、小説「人間革命」の冒頭から戦争を批判しています。恒久平和思想哲学とは、「殺生(人殺し)をしない、そして殺生をさせない」という考え方を広める事が、広宣流布に繋がる哲学という話ではないのか。
さらに公明党を結党した最大目的は、憲法(9条)や人権の尊重を死守する為です。その公明党は現在、自民党の金権政治に寄り添い、その恩恵を受けていやがる。まさにゲスどもの国会議員としか呼びようがない。
(つづく)






