副題 「自分達の生命財産を守る為に厳しく政治の監視をするべきです」
ロシア革命を成功させたレーニンは「社会的にこの富の分配を公平にすべき」と社会主義制度を造る事を目指しましたが、この社会主義制度を見事に破壊したのが、権力欲にまみれたスターリンでした。
スターリンはレーニンを病院に入れ幽閉し、自分がソビエトの最高指導者だと名乗りを上げ、次々に政敵を抹殺してきました。この犠牲になったのが、クロポトキンです。
クロポトキンは「社会に権力構造があるから、争いや戦争が起きてしまう」という考え方の持ち主で、社会主義者とも無政府主義者とも言われていました。彼は日露戦争時に、203高地を守備していた将軍でしたが、スターリンに呼び出され抹殺されてしまった為に、ロシア軍の守備能力が弱まってしまいました。その結果、多くの戦死者を出していた乃木将軍が203高地を落としたのです。
203高地からは朝鮮の港を見下ろせる為にそこを拠点として、当時世界最強と言われていたバルチック艦隊で日本を攻め込む予定でした。しかし乃木将軍に203高地を取られてしまった為、拠点と思っていた朝鮮の港には帰港出来ず、そのまま長い航海を経て日本に南下する事になりました。
それを迎え撃つ日本海軍は、イギリスより輸入したお粗末な軍船(三笠)にもかかわらず、当時としては画期的なT字作戦によって、バルチック艦隊の脇腹を攻撃し撃沈させています。この当時の軍艦の大砲というのは、前方への攻撃しか出来ない構造だった為に、側面から来た敵艦への攻撃が出来ないままバルチック艦隊は全滅してしまいました。
この頃の日本は、北方のナホトカやサハリンまで進出して日本領事館を造っています。そこでスターリンは自身の権力保持のため「条約は便利に使うもの」という考え方に基づき『日ロ不可侵条約』を結んだのです。しかしその後、日本がアメリカに無条件降伏を決めた時点で、スターリンはすぐさま日ロ不可侵条約を破り、サハリンを奪い返し、そのうえ日本領土の北方領土までも攻め込んでいます。更に中国大陸においても傀儡政権の満州国までも奪い取り、そこを守備していた日本軍兵士を極寒の地シベリアへ送り強制労働させたのです。
(つづく)






