副題 「平和に対する基本的な哲学」
副題 「自分達の生命財産を守る為に厳しく政治の監視をするべきです」
池田先生が望んでいるのは「人殺しをしない、させない」「人の不幸の上に、自分の幸福を築いてはならない」という基本的な平和哲学です。この平和哲学を世界中の人々に広げる為に、私達は宗教活動を続けています。この考え方が世界市民の基本的観念(哲学)となる事によって、戦争が起こされなくなり、恒久的な世界平和が可能になるのではないでしょうか。ロシアのクロポトキンの考え方を借りれば「権力構造が有る為に、戦争が起きる」という事になりますが、世界の民衆の心に「人殺しをしない、させない」「人の不幸の上に、自分の幸福を築いてはならない」という考え方が基本的な哲学となった場合、如何なる者が権力者になろうとも「人殺しをさせる」という政治は行われない様になる、と私は信じています。
ヘンリーキッシンジャーの言う「パワーバランス」。この考え方は非常に危険なものであり、私達人類の終末を迎えるかも知れません。
アメリカは日米開戦前に、マンハッタン計画によって多くの学者を集め(アインシュタイン等がその代表的な例ですが)核開発を推し進めていました。そして、まだ開発が終わらない頃にイギリスのチャーチルとアメリカのルーズベルトが「核を日本に落として良いか悪いか」の話し合いをしています。その時チャーチルは「日本なら落としていいでしょう」という返答をし、その考え方にのっとり、終戦直前に「広島」と「長崎」に核原爆が落とされました。アメリカとしては、強いパワーバランスを世界へ示したつもりだったのでしょうが、その後ソビエト側は苦も無く核を持ち始めました。米ソ間のパワーバランスの対立です。そして核はインドやパキスタンにも広がり、更に北朝鮮やイランでも核を保持しています。今やいつ危険な核戦争が起こるか分からない状況なのです。そして互いに強力な殺人兵器を次々と造り上げ、シーソーゲームの様に悪化していくでしょう。この様にキッシンジャーの「パワーバランス」という考え方は、まさに危険な考え方であり人類の滅亡になりかねません。またアメリカのハーバード大学教授マイケルサンデルと同じ、ユダヤ教のサークル主義的考え方(人の不幸の上に自分達の幸福を築く)の持ち主であり、絶えず犠牲者を求め続ける人達です。この様な考え方の先のどこに平和を求める事が出来るのでしょうか。有るのは破壊のみです。
今回のロシアとウクライナの戦争で、プーチン大統領が「核」を抑止ではなく実践に使おうとした形跡があります。カリブ海に駆逐艦と核搭載の潜水艦を、アメリカ側に見えるように配置してその本気度を示しています。それに対してNATOは「ロシアがその気ならば、核ミサイルキーのロックを全て外すべきだ」という発言までしています。まさに一触即発の状況になる寸前だったのです。
そのさなか日本の岸田という首相は、日本国民を犠牲にする様な余りにも馬鹿な政策をとっていました。北海道で「クレムリン攻略作戦」として、NATO軍のドイツ軍と日本の自衛隊の合同訓練をしていたのです。ロシア側は北方に超高速核ミサイルを配備していますので、日本はいつ核攻撃を受けるか分かりません。もし核攻撃を受けたとき日本国民はどうなるのでしょうか。逃げる場所なんか何処にも有りません。有るとすれば東京都内の地下鉄ぐらいしか思い当たりません。ほとんどが地上なので、全ての国民が、核の犠牲になってしまうはめになるでしょう。その様な危険な政策を、自民党の岸田は堂々とやってのけたのです。更にNATOの事務所を、東京に持ってくる様な要請までしているのです。日本国民滅亡の瞬間だったのかもしれません。
更に今の自民党の政権は、アメリカ軍が指揮する「日本軍総合作戦本部司令部」の設置さえ考えています。日本国民が、アメリカが行う戦争の犠牲になる日が刻々と近づいているのです。それに賛同しているのが公明党です。まさに日本国民の命を、アメリカ側に捧げた悪魔としか言いようが有りません。一刻も早くこの自公政権を潰すべきでしょう。今、私達がこの行動をしなければ、いずれ犠牲になる日が近づいて来るのは間違いありません。
1981年の公明党の党大会で、私達党員には内密で一方的に警察予備隊を「自衛隊」と命名しました。その事に対して私は、公明党の政策対策副委員長に抗議をしました。(その時の政策対策副委員長は、二見伸明です)二見伸明に「自衛隊と命名してしまったら、憲法9条は拡大解釈され、いずれ無くなってしまう」と訴えましたが、彼から帰ってきた返答は「池田の言う事は理想だ。そんな考えは神棚に上げておけばいい」と言い、また「私達公明党は、現実路線を歩んでいるんだ。」更に「自衛隊は文民統制さえ確保されていれば、それでいい」というような返答を返してきました。
しかしながら去年、岸田首相がアメリカのバイデン大統領に国賓待遇で迎えられた時の席上で、「公明党との閣議決定によって吉田密約を受諾する」とバイデン大統領に告げています。吉田密約を受諾するという事は「文民統制を捨て去る」という事になります。かつて、公明党の二見伸明が私に対して投げつけた「文民統制さえ確保されてれば良い」という言葉さえ、現在の公明党は放棄しているのです。今の公明党に「平和の党」の表看板を掲げる資格がどこにあるのでしょうか。耳聞こえの良い言葉を発信するだけの公明党には、私はドクロマークの旗を贈呈します。
(つづく)






