池田先生のスピーチ(音声) 第36回本部総会

第36回本部総会
昭和48年12月16日
大阪市・中央公会堂



●激動社会に一念の変革
皆さん、おめでとうごさいます。(大拍手)
本日は思い出深き中之島の公会堂におきまして、総本山より日達上人猊下のご来臨を賜り、また休日にもかかわらず多数のご来賓の先生方のご出席をいただき、ここに全国の代表幹部とともに、第三十六回本部総会を開催することが出来ましたことを、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございます。(大拍手)
私は来年度のことを志向しながら、これまでの地方総会や本部幹部会等で、あらゆる角度から指導をさせていただきました。なお、先程の活動方針等にも一切含まれておりますので、今日は来年の社会的様相をふまえての所感を、感覚的に展望させていただきたいと思うのであります、ご了承下さい。

◆経済至上主義の波綻
私どもが「社会の年」と決めたとき、現下(げんか)の社会情勢は激動の期末となりました。それは「物質至上主義」「経済至上主義」の信仰に代わって、いやでも「人間至上主義」「生命至上主義」の信仰へと進まざるをえない状況となってきたということであります。すなわち、創価学会にとっての「社会の年」は、期せずして社会にとっての「人間原点の年」ともいうべき方向性を示しはじめたと、確認できるのであります。
一九七四年、すなわち明年の世界情勢というものは、アラブとイスラエルの対立に端を発した石油危機と、慢性的な悪性インフレによって、きわめて厳しいものになることが予想されております。事と次第においては、第二次世界大戦の遠因となった一九二九年のあの大恐慌にも比すべき世界不況が、来年あたりから、突風のように襲ってくるかもしれないという事であります。
そうしたきわめて厳しい経済不況の波で、もっとも深刻な打撃をこうむるのが、石油をはじめ資源の大部分を、諸外国からの輸入に依存している日本であることも、識者のほぼ一致した見解であります。このまま石油危機が進行していけば、明年春ごろには、日本経済は大混乱に陥る。ここ数年、年率一〇㌫前後の高度成長を続けてきた日本経済も、来年はゼロ成長か悪くすればマイナス成長にまで落ち込んでしまうのではないか、といった見方まで出ている。
つまり、日本は戦後最大の不況を覚悟しなければならない、というのであります。そうなれば、まさに乱世であり、ひたすら前進することによって成り立ってきた、いわゆる自転車操業といわれる日本経済にとっては、一種の国難であります。しかも、しわ寄せを受けるのは庶民であり、中小企業である。すでにその兆候は随所に現れている。悪徳商社による買い占め、異常な物価上昇、戦時中を思わせるような買いだめ等の動き、中小企業の倒産、悲惨な一家心中といった最近の世相をみると、あの戦時中から終戦直後にかけての混乱期を、思い出させるものがあるといってよい。なにか殺伐とした、トゲトゲしい空気がこの日本列島をつつみ始めたような感じさえするのであります。
古来、歴史は繰り返すといわれますが、我々が恐れなければならないのは、このような世界的不況のときには、必ずどこかに熱い戦争の火の手が上がるということであります。中東の火種は消えたわけではないし、中ソの国境紛争も解決したわけではない。ラテン・アメリカや日本を取り巻くアジアの各国でも、緊張感が緩和したわけでは決してありません。来たるべき一九七四年の世界は、なかんずく日本は、政治も経済もまことに前途多難なものがあります。
心ある人達は、日本の進路は間違っていた、もう討つ手がない、どうしようもない。日本だけの自己安定と利益をむさぼっていたやり方に対し、手痛いシッペ返しを受けている。もはや八方ふさがりであり、その深刻な波を防ぐ防波堤はなにもない――と見ておるようであります。
もう一つは、日本の指導者は、経済的繁栄ということにのみ心を向け、他の一切のことについて、あまりにも無関心であった、ということであります。私の尊敬している、ある世界的な知識人は「日本はまだ精神の鎖国状態である」と嘆いておりましたが、私もまさしく、そのとおりであると思う。日本がこれからの国際社会のなかで、どのように生きていくかを考えるにあたっては、この精神的鎖国状態を打ち破らなければなりません。
だからといって、経済問題を無視せよというのではない。人間とは何か・人間いかに生きるべきか・世界の人々に対して、日本は何をなしうるか、といった基本的問題から問い直し、そこから正しく位置づけていくことが大切であると思うのであります。これこそ、回り道のようであっても、日本人にとって最もさし迫った課題であると、私は訴えておきたいのであります。

◆発想の転換
よく発想の転換ということが言われる。人類の進歩は絶えず発想の転換、もしくは新しい着眼点を発見しつつ、それを起点としてなされてきたといってよいと思う。科学の世界においても、近世において天動説から地動説へと変転したのも、また二十世紀においてアインシュタインの相対性原理が生まれたのも、そこには大きな発想の転換がありました。
人間というものは、とかく既存の枠のなかに生きようとする習性のようなものがあります。そして、その習性は頑として心の奥に根をおろしていて、一旦そこから脱皮しようとすると、ものすごい勢いで引き止めようとする。これは個人においても、また社会のメカニズムにおいても、同じようなことがいえそうであります。
日本という社会は、とかくこれまで、日本から世界を見てまいりました。個人においても自分を中心に据えて他人を見ようとするものですが、他人の目をもって自分を見るということも、大切なことであります。これは、地球というものを中心として考えた天動説から、太陽という他の天体を中心として地球を見直した発想の転換に通ずるのであります。日本を中心にして世界を見るのではなく、世界の客観的な目で日本をみつめ治すという発想の転換が、今ほど必要なときはないと、私は考える。
発想の転換とは、的確にいうならば「人間の一念の転換」であります。この生命の一念の狂いが、実は日本をこれほどまでダメにしてしまった。いったい、だれの一念であったのか――ある人は派閥と私利私欲の葛藤に明け暮れ、ある人は学問の権威の座に坐して民衆を嘲笑し、ある人は経済的利益のみを追い求めて諸外国の顰蹙(ひんしゅく)をかい、ある人は評論家と称して、もっともらしい言葉で自己を粉飾し、ある人はエリートという気位に立って弱き人々をいじめ抜いてきたのであります。この一切のエゴの激突のルツボと化した日本の姿を、再び鏡に照らして見直すべきではないかと思うのであります。
昭和元禄と呑気に構えていた脆弱な一念が、昨今にいたって、脆弱な精神構造として、今や白日のもとにさらけ出されてしまたといってよい。
ともあれ、あらゆる指導者等が、正しい一念に転換をすることを決めていく時代であると申し上げたいとともに、今よりその緊急を要する時代はないと訴えたい。しかし、それは単なる反省とか意識変革などで変わりうるものではない。思想を支配するものが生命の働きである以上、もっと根源的な、なにものかを必要とするものであります。それを、私達は知っている。現代の人間のもっとも正鵠(せいこく)な一念は、仏法の神髄による生命哲学に帰着しなければならない、ということであります。

◆生命の尊厳と精神の自由を堅持
更に深刻さを増していく不況の時代にあって、もっとも憂慮すべきことは、単なる経済的苦境のみではない。私どもが何よりも恐れなければならないのは、現在の様相が、あのナチスの台頭をもたらしたワイマール体制末期の状況に、あまりにも酷似しているという点であります。
ナチズムの排撃される所以は種々あげられますが、それは、反対意見や異なった考えをもつ人を認めず人間の尊厳・精神的自由を踏みにじったことが、その最大の理由であります。
私は、これまでも生命の尊厳と人間精神の自由を守りぬくのが仏法であり、私どもの使命であることを、機会あるごとに申し上げてまいりました。だが、再び高まりゆくこのような危機の時代に立ち向かうにあたって、私は、もう一歩視点をすすめて「生命の尊厳」と「人間の精神的自由」「真実の民主主義」をどこまでも堅持していくべきかを、私どもの信念として確認しておきたい。
それは、第一に断じて平和憲法を死守していくことであります。したがって「平和憲法擁護運動」を一段と強めていきたいということであります。特にこのことは、青年部ならびに学生部に託したい。(大拍手)
次に、我々の信教の自由を守りぬくことは当然として、更に私どもと、たとえ異なった思想・意見をもった人々であったとしても、もし、その人達が暴虐(ぼうぎゃく)なる権力によってその権利を奪われ、抑圧されそうな時代に立ち至ったときには「人間の尊厳の危機」を憂えて、断固それらの人々を擁護しゆくことを決意しなければならないということであります。
たとえば、他宗教の人であれ、また共産主義者であったとしても、これを私は守りたい。これこそが人間の普遍的本質感の仏法というものが持っている理念の帰着であるからであります。
これが「社会の年」に踏み出した私どもの使命と銘記しておきたいと思いますが、皆さん、いかがでありましょうか。(大拍手)
原典的になりますが、かの有名な立正安国論の一節に「国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱る」(御書全集一九㌻)との御文があります。短い御文でありますが、現代社会の本質をズバリ突いております。やはり、激動の混乱期にこそ、千古の歴史をもつ聖哲の言に静に耳をかたむける必要がある。
仏法上「鬼神」とは「鬼とは命を奪う者にして奪功徳者(だつくどくしゃ)と云うなり」(御書全集七四九㌻)と御書にもあるごとく、生命自体を破壊し、福運を奪う人間の内なる作用であります。現代的に表現すれば生命の魔性の意義である人間が完全にエゴに捕らわれきっていくその本質を鬼神と表現したと思われる。その人間のもつ生命の魔性が、跳梁(ちょうりょう)することが「鬼神乱る」ということになると思います。
仏法上「国土」とは、自然的な国土も含みますが、より現代の社会という言葉に近いものであります。人間と自然とを含めた総体としての「国土」が乱れるときには、それ以前に必ず人間のエゴ、否エゴよりもっと本質的な生命のもつ魔性が、底流として激しく揺れ動くのである。その結果「万民」――すなわち、あらゆる人々が狂乱の巷へと進み、やがてその国土は破滅の方向へと走っていくのである、ということであります。
故に、この「鬼神乱る」という生命の本質を解決する法をもたない以上、国土の乱れはなおらない、という結論になります。この御文を亀鑑(きかん)として現代社会をみるとき、鬼神乱るる様相が、いよいよ深刻の度を増しつつあることを、鮮やかに映し出しているのであります。

◆民衆のなかに精神的広場を
ここで話は変わりますが、本日発表された明年度の基本方針の一つに掲げられましたヒューマン・プラザ、すなわち人間広場ということに関連して申し上げたい。
もとより、人間広場といっても現実に空間的な広場をつくるという意味ではない。人口稠密(ちょうみつ)の現在の日本の都市に、市民が憩い、心の融和をはかれるような広場をつくるなどということは、よほど思い切った都市改造でもしないかぎり、不可能であるといってよい。私どもも、それを望みはするが、実際になしうるかどうかは、政治の分野の問題である。仏法者としての我々のなしうること、なすべきことは、そうした空間的広場の建設というよりも、人々の心のなかに精神的広場を設けることであります。
だが、それはともかくとして、広場という概念のもつ本質的意味には、空間的広場たると精神的広場たるとを問わず、共通の理念がある。

◆広場の概念
本来広場という概念は、日本人にとってはあまりなじみのない考え方であります。人口が高い密度をもって集まり住んでいる都市の中に、住むためでもなく、かといって交通のためでもない、建物を取り払った広がりを設けることは、現実主義的な観点からすると、いかにもムダなように思われるかも知れません。
このように、一見ムダにみえる広場を、西洋の都市は古代ギリシャの昔から中世の都市を経て、現代の都市にいたるまで非常に大事にしてきたと思われる。ギリシャ都市国家においては、有名なアゴラと呼ばれる広場が、常時市民が集まり取引をし、憩(いこ)い、議論する市民生活の要の役を果たしていました。中世の都市においては、広場を中心に教会や市役所等の公共の建物が集まっており、やはり市民生活の必須の場を形成していたようであります。
このように、広場というものの意義は、種々の物質的効用以上に、市民の心のつながりをつちかう共同体精神の土壌であったわけであります。そこに集うのは自主の精神を持ち平等の自覚に立った自由人であった。
古代ギリシャ人がアジアのペルシャ帝国に対抗して、自らをヘラス、ヨーロッパ人と呼称したのは、なによりもアジア人、ペルシャ人が、一人の絶対的帝王に仕える奴隷的存在であり、自主の心を持たぬ部品的人間であるのに対して、自分たちは主体性と自由と尊厳性を持った自立の人間であるとの誇りを、そこに込めていたと思われる。
中世ヨーロッパの都市の場合も同じであります。中世というと、封建社会という観念が先行しがちでありますが、そもそもヨーロッパの封建性そのものが自由な個人と個人とのあいだの契約という原理にのっとっておりました。いわんや都市にあっては「都市の空気は人間を自由にする」という諺(ことわざ)にもあるように、封建的な絆から解放された自由人の社会であった。
そうした自主・自由・平等の精神と自覚を持った人々にとって、都市は営まれ、そのような個人が集まって秩序ある共同体を形成するための、心の連携の場として広場が生み出され、維持されてきたのであります。
広場がそうした人間精神をつちかったことも事実のようでありますが、それ以上に大切なことは、そうした人間精神が起点となって広場を生み出したという点であります。
一歩ひるがえって日本を顧(かえり)みるとき、では日本には広場に該当するものはなかったか、というと、そうではない。門前町が形成されるほど人々が集まった宗教的聖地にも、必ず本殿に至るまでのあいだに、森厳(しんげん)な木立につつまれた境内(けいだい)などがある。球場前の広場などもその一つであり、明治神宮には広大な内苑、外苑が設けられております。
だが、これはある評論家も指摘しているところでありますが、これらの広場はヨーロッパの伝統的な広場と、根本的にそのもつ意味が異なる。つまり、今あげたような日本の広場は、聖なる地と俗界とを分かつための距離をおくことに元意があり、更にいえば俗界から聖なる地に詣(もう)でる人々に峻厳な思いをいだかせ、俗塵(ぞくじん)を払い落とさせることが目的であったのであります。

◆自主平等の場を復活
私どもが築こうとする広場とは、このような民衆を退けるための広場ではない。
あらゆる人々が自主・自由・平等の自覚において集い、討論し、楽しみあう民衆の広場、憩いと潤いと復活の人間の広場のことであります。
権力というものがますます強大化し、人々が巨大な管理社会の中で部品化しつつある今日、人間共和の場としての広場を生み出してきたヨーロッパにおいても、その本来の意味の広場は、形骸化しているといっても過言ではありません。
これはある書物で読んだものでありますが、ポーランドでは十世紀から数世紀にわたって、ラテン語がかきものに用いられた唯一の言葉であったそうでありますが、十三世紀にポーランド語で書かれた最初の文が、ある修道院の財産目録中に発見された。その文というのは、一人の百姓が挽き臼をひいている妻を見て「貸しなさい、私が挽こう。あなたは休むがよい」という内容であったのであります。この「貸しなさい、私が挽こう。あなたは休むがよい」との一言に、時代を超越した人間のあたたかさが、私には感じてならない。
このあたたかい素朴な心の共感が、現代に再発掘されるべき人間のふるさとではないかと、私は思うのであります。このあたたかい心が、仏法という真実の人間性、人間愛の強靱(きょうじん)な核を持ったときに、人間広場は、あらゆる国々に広がっていくことでありましょう。
我々もまた、かつて古代ギリシャ人が自負したごとく、真の自由人の集いとしての共同体を形成しゆく前駆は、生命の信仰から蘇生の水脈を得た私どもであると確信して、生命の縁したたる共同の広場を朗らかに和気に満ちて、人々の心のなかに開拓し、構築してまいりたいと思いますけれども、皆さんよろしくお願いします。(大拍手)

●仏法は現実の大地に開花
次に「社会と仏法」という問題について考えてみたい。これについては「大白蓮華」の新年号でも、てい談を行い、そこに種々論じておきましたので、ここでは、一点についてのみ申し上げたい。

◆法華経こそ現実変革の哲学
「白米一俵御書」に次のような一節がございます。「妙楽大師は法華経の第六の巻の『一切世間の治生産業は皆実相と相い違背せず』との経文に引き合せて心をあらわされて候には・彼れ彼れの二経は深心の経経なれども彼の経経は・いまだ心あさくして法華経に及ばざれば・世間の法を仏法に依(よ)せてしらせて候、法華経はしからず・やがて世間の方が仏法の全体と釈せられて候。」(御書全集一五九七㌻)との御文であります。
法華経以外の経というものは、「世間の法」と、すなわち「社会」というものと「仏法」の2つのこの法を別々に考える。または「世間の法」の奥深くに仏法がある。あるいは「世間の法」は、仏法に依存していると説いている。ところが、法華経においては「世間の法」と仏法がそのまま一体である。「世間の法」が仏法の全体である――と明示されている御文であります。
このように、法華経という仏法の最高峰にあっては仏法と社会という両者の関係を、もっとも緊密なものとして、というより更に一体なものとして示しているわけであります。
そのことに関して、仏法が取り組んできた生老病死の四苦という観点から、少々論じてみたい。
ご承知のように、仏法においては「生まれ出る苦しみ」「老いる悲しみ」「病む悩み」「死の恐怖」という四苦に代表される人生の苦というものをみつめ、それをどう解決し、乗り越えるか、というところに主眼点をおいている。
釈迦の出家の動機が、この生老病死の四苦との対決というところにあったのであります。いうまでもなく、生老病死は、生命の本然のものであり、いかなる人といえども、これをまぬがれることは出来ない。しかしながら、人々はこの生命の現実から目をそらして、ただ目先の栄誉や富、権力を追い求めております。
しょせん、自己の生命の無上流転を解決せずして、いかなる権勢、栄誉栄華を誇ろうと、それらは、砂の上に築いた楼閣であり、幻影(げんえい)であり、必ずやはかなく消え去っていくものであります。
この生老病死の四苦の解決のために、仏法はいかなる法を説いたか。自己の生命を空に帰することによって、生老病死の無常の輪廻(りんね)を終わらせ、いわゆる涅槃(ねはん)の境地に入るのであると教えたのが、小乗仏教であります。
これに対して生死の輪廻という無常の現象の奥に、常住の実体を見いだし、そこに立脚することによって、生死に支配されない不動・不壞(ふえ)の境地を確立しようとしたのが、大乗仏教であります。
したがって、小乗仏教がその教えをつきつめて実践していくならば、現実を否定しまうこと、なることが当然であるし、それに対し、大乗仏教なかんずく法華経は、現実を現実として認めつつ、それを生命本源の実体と覚知し顕現することにより、生死流転に支配されない人間の不動の本性を確立し、人間のあらゆる営為(えいい)に常住性を与えていこうとするところであります。
すなわち、法華経こそ、現実に真っ向から取り組むことにより、現実を変革しようとする革命の哲学であるということが出来ると申し上げたい。
ここに、法華経のみが、現実変革の哲学であるという所以(ゆえん)は、法華経以外の大乗仏教も、現実変革への志向性はもちながら、いまだその根本の鍵である人間生命の変革の哲理が明らかにされていないからであります。究極的な生命変革の哲理は、生死流転の変化相の奥にある不動の実体――すなわち南無妙法蓮華経という一法の覚知に尽きるのであります。これを教相――教文のうえからいうならば二乗作仏、十界互具が明かされて初めて、これまで生老病死に支配されていた生命存在である九界が、そのまま内なる妙法を覚知することによって、生老病死を超えた常住の当体となることが出来るのであります。
ここに、無常の波の水平線上、元初の太陽が昇り、暗き不気味な世界は一転して、金波・銀波の躍る世界を現出したのであります。

◆仏法で現代社会を蘇生
少々むずかしい話になりましたが、要するに、私どもの信奉する妙法の大仏法は、社会と人生の現実から離れたところに、なにか超越的な悟りの境地を求めていくものでは絶対ない、ということであります。また、そうであってもならない。泥まみれになって生きていく庶民の生活と、社会の現実のなかにこそ、開花されていくものであるということを明確に自覚せよ――という哲学なのであります。
社会・文化・経済・政治・教育などのすべての生命活動の所産がとりもなおさず、人間生命の尊い発露であるならば、人々の生命の奥底を説き明かした法華経の哲理が、現実生活のすべての側面に力を発揮するのは、むしろ当然のことといわなければなりません。
ともかく、法の華は別天地に咲くのではない。この現実社会という大地に、強く強く根を張り、咲き薫るのであります。真実の仏法というものは、人生の生老病死という四苦から離脱するのではなく、これに真っ向から取り組むことによって「社会的生命」「文化的生命」の主たる地位を獲得したのであります。
したがって、もし社会・文化などが初期の目的と責務に反し、人間の生命を守るのではなく、かえって、個の四苦を増し、形式化し、または権威化してしまった、そのような変貌した場合には、本末転倒となってしまうのであり、仏法のもつ英知と慈悲が社会を蘇生させ、変革の推進力となっていく使命があるのも、この両者の関係からすれば当然であります。そして、現代はまさにその時代であると、私は申し上げたい。
「仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり」(御書全集九九二㌻)との御文を、仏法をたもつ私どもの現代社会の蘇生に取り組むべき主体的な決意をうながされたものと受け止めつつ、来る年も来る年も、日々の実践行動を聡明に、しかも地道に粘り強く続けていって頂きたい事を心からお願い申し上げるしだいでございます。(大拍手)
轟音(ごうおん)を立て、うねりゆく現代社会の荒波のなかにあって、根無し草のごとき波のまにまに漂う人は、信用されない時代となった。今こそ、地についた信念と責任の至誠の人々が、正当に評価される時となったことを、皆さんは確信しぬいていって頂きたい。

◆「家庭」を盤石な城と築け
次に、社会といえども個々の人格の有機的集合体であり、人間を離れては社会はありえない。その社会の最小単位の一つとして家庭があるのであります。
家庭は、一個の小社会であり、教育・経済・政治等・文化のあらゆる機能を、小さいながらも具えている。その家庭を守り育て、そこに「常楽我浄」の薫風を咲かせていくことが、そのまま仏法の社会における実証となっていくことを知って頂きたいのであります。
家庭における堅実な勝利の集積が、大きくは社会の変革を築くものであり、家庭という城を堅固にせずして、仏法即社会の原理もあらわれないという事は当然なことであります。
私が家庭を強調するのは、決して社会と没交渉(ぼっこうしょう)のマイホーム主義を説いているのではない。個人と社会の接点となる存在として、社会へ積極的に働きかける「開かれた家庭」を目指すゆえであります。一家が和楽の団らんの園を築きながら、かつ社会への貢献を目指して創造的な前進を続けるとき、はじめて家庭には脈々たる生命がみなぎり、同時に社会もまた、不動の基盤のうえに着実な発展をなすことが出来ると思うからであります。

◆職業的革命家方式の限界
ともあれ、私どもの遂行している運動は、末踏の宗教革命運動であります。この改革運動のあり方もまた、いまだかつてないものであるといってよい。歴史上、数しれない革命運動が行われてまいりました。そこには、常に職業的革命家に属する人々がいて、革命のリーダーシップをとり、大衆はそれを側面から支持し、あるいは経済的に応援して、革命を遂行してきたものであります。
大衆から援助を受けている職業的革命家集団は、自らの生活というものを抹殺して、それこそ一日二十四時間、革命運動に没頭することになる。この職業的革命家と大衆という二重構造を持ちながら、運動を継続してきたのが、従来の革命の代表的な図式であります。
労働者を糾合して、勤労大衆による変革を標榜してきた共産主義革命においても、やはり職業的革命家が組織活動に専従し、イニシアチブをとってきたことは疑いないところでありますし、そこには、明らかに二重構造がみられる。
この方式は宗教運動においても同じであった。キリスト教においても、宣教師がいて伝道をもっぱらにし、一般信者は自らの信仰と宣教師への財産的援助を受け持つという、大まかな色分けがなされている。また仏教においても、布教は出家した僧侶が主に行い、在家の信徒が僧侶に供養するというのが常であります。在家の信徒であることをあらわす檀那という言葉は、布施をする人という意味であることは、皆さんもご存じのとおりであります。
このような従来の職業的革命家に依存した革命というものは、彼らが二十四時間、自らの生活とは離れた次元で活動しているゆえに、その理論は庶民の生活感情と密着したものとは、なりがたい恐れがある。したがって、机上の空論に陥り、いたずらに理想主義に暴走したりする。そして、それが行動に現れるとき、どうしても急進的とならざるをえない、というのが傾向のようであります。
過去の幾多の革命が血を呼び、あるいは玉砕主義に陥ってきた例を、私どもは知悉(ちしつ)しておりますが、その遠因の一つには、このような革命方式の傾向性にもあるのではないかと思うのであります。

◆「一家和楽」の平和革命方式
これに対し、いま私どもがとっている平和革命の方式は、このような二重構造を否定し、止揚(アウフヘーベン)したものであります。すなわち、庶民大衆が自らの生活時間の余暇を有意義に活用して、改革運動を粘り強く継続していくことによって、生活と密着した現実的な改革を可能にしようとするものであります。
しかも、生活を犠牲にしたものでないゆえに、永続性もあるわけであります。仕事や家庭から離れたところに革命運動があるのではなく、仕事や家庭そのものが、そのまま活動の場であり、対象となっている。今私どもが家庭を大事にし、職場を大切にすることを強調するのもこのゆえであり、しかも、民衆のために説かれ、樹立された日蓮大聖人の仏法の本義からいっても、当然の帰結であるわけであります。
したがって、私どもは長い広宣流布への旅路にあたって、職業的革命家を気どる必要もないし、また、そうあってはならない。家庭を大切にし、粗末にしたり職場を放擲(ほうてき)するようなことは、むしろ「悪」である。持続的な改革運動の妨げとなるものとして、強く戒めなければならないところであります。
むしろ仕事・家庭を盤石にしつつ、余裕をもって活動を展開していく生き方こそが、人類史上、今だかつてない完璧な運動方式であると、私は確信申し上げたいけれども、皆さん、いかがでありましょうか。(大拍手)
ともかく、私の心よりの願いは、皆さんが毎日さわやかな笑顔で、家庭を遊楽の田園としつつ、豁然(かつぜん)と同志の共戦を繰り広げていくということ以外にありません。
「一家和楽の信心」ということは、創価学会の永久の指針の一つであり、全会員一人一人がどうか明年は、とくに「家庭」という場で、不動の実証を示していくことに、全力を傾注して頂きたいと思いますけれども御賛同頂けるでしょうか。(大拍手)

◆二十一世紀へ平和の大潮
更に一個の人間にはじまり、家庭とそれをとりまく小社会・あるいは地域社会へと向かい、日本という地理的・歴史的・文化的な一つの社会より、広範な人類全体を包含した地球家族的な社会、そうした総体的な社会というものを考える必要があります。
人類は一つである――いや一つのものの多様性であるとするならば、人間という共通のベースに立脚して多様性を生かしつつ、より大きな視野を広げていくことが可能であります。すなわち、言語・膚(はだ)の色・風俗・習慣・文化的伝統がいかに異なっていても、人間として共通であるという世界市民的自覚に立った「社会の年」でなければならない。
その意味で「社会の年」とは、異なる生活形態をもつ人々、および社会との「相互理解と積極的交流の年」ということが出来るといえましょう。従って「社会の年」すなわち「海外への平和波動への年」と開かれていかねばならぬ、ということを私は痛感するのであります。

◆「日蓮正宗国際センター」を設置
この点につきましては既に本年、いくつかの重要な布石もし、かつ世界各地の日蓮正宗会員の機運のめざましい盛り上がりが起こっております。すなわち、本年五月にはヨーロッパに「ヨーロッパ日蓮正宗会議」の設置をみ、八月にはアメリカに「パン・アメリカ日蓮正宗連盟」、また一昨日、東南アジアに「東南アジア仏教者文化会議」が自主的に結成されました。そして、そうした世界的な日蓮正宗信徒の交流に応えるべき、日本においても、これまでの「海外本部」を「国際本部」としましたが、将来は更に、仮称「日蓮正宗国際センター」を設置して、名実ともに世界平和推進にあたる機構をとるようにしたい。
この「国際センター」は、独自の法人として、海外各日蓮正宗との連絡・指導員の派遣・出版活動・その他各種活動の援助にあたろうというものであります。建物も東京千駄ヶ谷に現在建設中で、明年春に完成し、そこを中枢起点として、いよいよ本格的に海外発展のために取り組んでいきたいと思っておるしだいであります。
いうまでもなく、世界各地の日蓮正宗の状況は、国により地域によって、その進展の段階は千差万別であります。また、仏法を受け入れる機根も、国柄により、民族的性格によって、更に多様であります。したがって、海外の仏法流布ということは、一つの中枢から強力な指示によって行われ、推進されるというものではなく、あくまでもその国の人々の自主性と情熱、責任感によって進められるべきであります。否これは海外の問題のみならず、日本国内においてもまったく同じであり、仏法流布というものの本質は、かくあらねばならないと思うのであります。
ゆえに「日蓮正宗国際センター」の基本的性格も、各国の現地の主体性を尊重し、これを根本としつつ、それを支援し守る、ということに重点をおくことになります。
海外各国の日蓮正宗組織は、まだその一つ一つをとってみても、会員数も少なく、出版活動などにしても十分な仕事ができる規模になっておりません。
しかしながら、今後の息の長い仏法流布のためには、出版物が強く要請される。そうした点について兄弟組織として、私ども創価学会の支援が強く求められるわけであります。「国際センター」が、その推進の任にあたるわけであります。
私はまたそのような意義からも、明年は世界各地に出かけていって同志を激励し、応援してあげたいと考えておりますけれども、よろしいでしょうか。(大拍手)
留守中は日本の国をよろしくお願いします。
海外同志の求道心、またその国々の広宣流布を目指す使命感とその責任感の強さというものは皆さん方ご存じのように、目を見張るものがあります。
一般に、日本人はこの小さな島国のなかで、自分達だけをよしとする独りよがりの気分に陥る傾向がありますが、日蓮大聖人の仏法は世界の仏法であります。少なくとも、この仏法をたもった私どもは、世界的視野に立ち、世界の人々と同じ家族であるという開かれた心をもつ国際人として、世界の人々の幸せと、真実の人間共和の世界を目指していきたい、この様に念願するものであります。皆さんも、しっかりお願いします。

●胸中に太陽輝く人間王者に
ここで、私どもが朝な夕な読誦している寿量品第十六の「自我偈」およびそれに関連して少々申し上げておきたい。

◆大宇宙と等しい壮大な人間生命
自我偈とは、御義口伝によれば、自身およびその展開であるということであります。
すなわち『自我偈始終の事』には「自とは始なり速成就仏身の身は終りなり始終自身なり中の文字は受用なり」(御書全集七五九㌻)と説かれております。
自我偈は「自我得仏来」に始まり「速成就仏身」に終わる。この始めの自我偈の「自」と「速成就仏身」の「身」とを取りいだされて大聖人は、自我偈とは始終一貫して自身、つまり我が生命のことを説いたものであると申しておられるのであります。その「中の文字は受用なり」の「受用」とは「受け用いる」と読みます。つまり自我偈の文々句々は、一切自身の生命の内にある自在なる力の発現を説いたものである、ということであります。
さらに御義口伝の次下には「法界を自身と開き、法界自受用身なれば自我偈に非ずと云う事なし」と述べておられます。法界とは宇宙ということであります。したがってこの御文は、全宇宙そのものが「自我得仏来」ないし「速成就仏身」と説きあらわされた生命の当体であり、全宇宙の働きはその生命の脈動にほかならない、という意味になります。
わが生命を貫く法も、全宇宙を貫く法も、寸分も違うものではない、とのおおせであります。我が生命の内に全宇宙と等しい壮大な生命がそなわっているという意味なのであります。
十九世紀のフランスの文豪、ビクトル・ユゴーは「大海より壮大なものは大空である。大空よりもなお壮大なものは人の心である」と述べましたが、しかし仏法においては更に一歩進めて、我が心、すなわち我が生命は大宇宙と等しく、壮大であることを説き明かしているのであります。
確かに外観からすれば、私どもの生命は一㍍数十㌢、この肉体の内に閉じ込められたものであります。だが一歩、探索の光を生命の内側に向けるならば、個の生命は、意識の領域を超えて、無意識の世界へと広がっていくことが看取されるのであります。こうして個としての人間生命の内側は、他の人々や動物・植物とさえ相通じ融合している事実は、精神分析学などによっても明らかにされている、もはや動かしがたい真理となっております。
これこそ仏法が三千年の昔に洞察し、説き示してきた根本義であり、本来、仏法は我が生命の内なる法も、大宇宙に遍満する法も、等しいものであることを達見しているのであります。そうして、仏法の目指すところは、畢竟(ひっきょう)、自己の生命の内に脈打つ大宇宙と連動した大生命を顕現することに尽きるのであります。
この人間生命の内なる無限の力に光をあてた仏法思想の興隆こそが、現代文明を止揚し、指導しうる唯一の道であると、私は深く考えるのでありますが、いかがでありましょうか。(大拍手)

◆人間点から再出発
先日、フランス生まれのアメリカ人で当代一流の思想家ルネ・デュボスという方と会見をいたしました。この方については、トインビー博士からも一度会って欲しいとかつて要請されておったのでありますが、たまたま来日された折、ご当人からも会見を申し込まれた。御挨拶することになったわけであります。
生死の問題、人生のこと、これからの世界のこと等々、種々、有意義な会話が出来ました。その中で私は「共産主義・資本主義・民族主義等のイデオロギーは、二十一世紀にはどうなっていくであろうか。また、どれがいちばん理想的な人類救済の道であるか」という意味の質問をいたしました。
博士は「大変むずかしい質問ですね」としばらく考えて、次のようなことを申しておりました。
「これらのすべての主義というものは、もはや創造的な力にはなりえない。それは、これらの主義にみられる人間のとらえ方が、根本的に、経済的・政治的であり、より基本的・普遍的人間の欲求には、目を向けてないから、つまり、すべて他のものを攻撃だけをすることに終始して、あまりにも独善的になり下がった。二十一世紀に我々がしなければならないことは、この基本的・普遍的欲求の原点たる人間というものを再発見し、それを満足させるかたちで、社会の制度を、その人間の欲する、もっとも欲する組織というものになおす必要がある」という意味のようなことを述べておられました。
私はこの答えを聞いて「私も前から、二十一世紀は生命の世紀としなければならない、と主張してきました」と述べましたところ、博士は深くうなずいておられました。
一対一の責任ある発言をとおして、博士と私とは「人類はもう一度、人間という原点に返らなければならない」という一点について、深い確信をもって意見が一致したのであります。
どうか私どもの人間開発の真摯(しんし)な戦いこそが、二十一世紀を開く大運動であり、後世の人々が必ずや絶賛を惜しまないであろうことを強く確信して、誇り高く来年も頑張っていきたい。
なお、今日・明日の現実の社会には不況のあらしが吹き荒れております。その渦中にあればあるほど、唱題によって内なる宝を顕現しつつ、生活設計を磐石にして、強靱な生命力でこの現実を生き抜いていって頂きたいのであります。

◆人間党の旗を掲げて
佐渡御書の一節に「おごれる者は必ず強敵に値いておそるる心出来するなり例せば修羅のおごり帝釈にせめられて無熱池の蓮の中に小身と成て隠れしが如し」(御書全集九五七㌻)とあります。この一節に私は、万感の思いを込めて皆さんへの願望を申し上げておきたい。
おごり高ぶる心は、いざというときは必ず挫折して、小さな垣根に自己を囲ってしまう。自らを守るかにみえたその垣根も、ひとたび苦難の波浪が押し寄せれば、もろくも崩れ去り、無熱池の蓮の中に小身となって隠れた修羅のおごりのごとく、安逸の人生の夢敗れ、悲哀の人生へと転落するにちがいない。不屈の忍耐と勇気に満ちて不動の新年の正道を行くものこそ、揺るぎなき人間の王者といってよいのであります。
その人間には虚飾の冠は毛頭必要ない。見栄や形式、権威もいらぬ。さらに机上の空論も必要ない。それらには胸中に輝くことであろう人間究極の魂の太陽の光線は、もはや無いことを、私はよく知っているからであります。
私はあらゆる生き物を巻き込んで荒れ狂う醜い社会の濁流は、もとより覚悟のうえであります。正しき者をねたみ・陥れ・苦悩を浴びせかせ、陰険な罵声もけっして新しいことではない。一点の光も灯さぬ邪見の闇がいかに暗く深くとも、その本質を私は仏法の鏡に照らして知悉(ちしつ)しております。
皆さん、我が広宣流布に生きぬく丈夫(ますらお)は、再びスクラムとスクラムを組み直して「人間党」の旗を高らかに掲げながら、新たなる人間世紀の開拓の労作業を朗らかに、また来年も私と一緒に開始してください。(大拍手)
最後に、皆さま方に、どうか、よいお正月をお迎えくださいと申し上げ、私の話を終わります。(大拍手)

(昭和48年12月16日大阪市・中央公会堂)


*音声データを元にテキスト化してあります。

2019年11月11日