(昭和46年11月2日 東京・日本武道館)
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注)池田先生のご指導を読まれる前に以下の事を念頭に入れておいて下さい。
1.この時代は僧俗和合の時代で、富士大石寺は日蓮大聖人様の仏法を正しく広めるための「*三宝」を実戦する本山でした。しかし、その後三毒に支配され、私たち創価学会員の心血を込めてご供養し建立した正本堂を無残にも破戒し尽くし、池田先生と私たちを除名した事から僧俗別離となっています。
*「三宝」とは
(仏)(法)(僧)の3つをいう。僧とは、仏の法を広める行者として実践行動している僧侶をいう。
2.出版された書籍の内容が、池田先生のお気持ちをねじ曲げ、巧妙に編集・修正されていますので当ブログでは忠実に掲載しています。
・間抜きされた文を赤字で
・編集されて出版された部分を[]で囲んだグレーの文字で
・本来の先生の言葉はピンク文字で
載せていますので、その様に認識してお読み下さい。
なお、文中にある「全世界の広宣流布[平和]」は、書籍では平和だけの表示になっていますが、ここで抜かれていた先生が言われた、広宣流布とでは大きな違いが生じてしまいます。
・池田先生が言われた広宣流布=「武力を用いないで恒久の平和を勝ち取る」
・書籍で表現されていた平和=「一般的には武力の均衡によって得られる平和」
このように、池田先生のご指導に反し出版された書籍では、あらゆる処に悪しき加筆・修正・間抜きがされています。
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地域広布に関しての池田先生ご指導(抜粋)
その偉大な理想を目指す具体的な実践として「千里の道も一歩より」の方軌(ほうき)にしたがい、私たち一人一人の住んでいる地域社会の開発、地域の広宣流布という問題に真剣に取り組んでまいりたいと思うのであります。
すでに、皆さん方に提案し、決定をみた通り、来年は「地域の年」と銘打ちました。昨年来、強調してきた「線から面への開拓」という戦いの具体的な実践の第一歩も、地域の広宣流布にあると考えるものであります。おのおのの地域社会を縁滴(みどりしたた)る心豊な常寂光土(じょうじゃこうど)にしていくことが、いかに地味であっても、確実な、一国ひいては全世界の広宣流布[平和]につながることを知っていただきたい。
阿仏房御書(あぶつぼうごしょ)にも「阿仏房しかしながら北国(ほっこく)の導師とも申しつべし」(御書全集一三〇四㌻)とあります。これは阿仏房に、その住む佐渡の地の仏法の導師たれ、と励まされ、北国における広布の使命を託された御文と拝するのであります。現在の富士市のあたりに住んでおられた高橋入道に与えられた御書にも「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(御書全集一四六七㌻)と述べられた一節があります。
広宣流布は、いつの時代にも、民衆から湧き上がる自主的な力によってなされるものであり、根本的には一個人の確立に始まり、その地域社会、更には一国、そして全世界へと広がっていくものであります。
◆民衆からの信頼が広布の第一歩
日蓮大聖人御自身も、当時の政都・鎌倉を妙法広布の急所として、そこに身を置いて戦われた。しかも御自分の命を奪(うば)われんとした竜の口について「相州のたつのくちこそ日蓮が命を捨てたる処なれば仏土におとるべしや」(御書全集一一一三㌻)と申されている。
この原理を私たちの実践にあてはめていえば、妙法広布のために全生命を賭けて活躍したところは、もっとも大切な仏土であり、常寂光土でなくてはならないと拝したい。
二祖日興上人におかれても、大聖人ご在世中から富士の地の折伏に専心せられ、大聖人ご入滅後は、この地を末法万年尽未来際にわたる広布の根源地とされております。これがいまの総本山大石寺であります。
私たちも、この方程式にのっとり、共々[ともかく]その地を大切にし、そこに住む市民よりあらゆる点で親しまれ、信頼されていくことが、その地域の広布の第一歩と確信されたい。
文化の興隆という観点からいっても、庶民の文化は各地域の文化[大地]からおこってきております。もっとも身近な生活の場こそ、人間の文化を生み、育む母体であることは、昔も今も少しも変わりありません。それは、人間が人間らしく生きようと防衛し、思索し、努力するところに生まれたものが、真実の文化であるからであります。
文化の単位として、これまでは一民族、一国家が主体と考えられてまいりました。だが、既に述べてまいりましたように、ナショナリズムの障壁(しょうへき)を超えて、インタナショナルな文化世界の創造のためには普遍的な人間性の基盤にたって、文化というものが再構築されていかなければならない。
その具体的な実践化が、私は地域社会の運動であり、そこに人間としての共感にたった意思と力の結集が行われていく時、権力の論理に支配された狭いナショナリズムの壁をつきくずす、新たなる偉大な潮流となっていくと思うのであります。しかしながら現状では、地域社会といっても政治的には国家の下部機構(かぶきこう)と化し、民衆支配のための権力の鎖の下端(かたん)であるといっても過言ではありません。これを住民の直接参加による共同体精神にたった地域社会へと転換していく必要が絶対にあるのであります。そうでなければ、民衆自身の自治を生命とする民主主義の蘇生はいつになっても芽ばえない。問題は社会というものを封建時代そのままに“お上(かみ)のもの”としてとらえるか、それとも“自分たちのもの”として、その中に生きていくかにあるのであります。
◆人間共和の故郷を築こう
最近、公害問題などを通して、いわゆる“住民パワー”といわれる市民運動がとみに盛り上がっております。そして、時代を動かす新しい力としてクローズアップされている。これなども、もっとも生活に密着した問題、人間的な感情の共鳴を基盤として社会の再構成が行なわれようとしている一つのあらわれでありましょう。
この時代の推移からいい、また社会というものの本来のあり方からいっても、それをリードすべき私たちの活動は、当然地域社会に根ざし、地域の住民と一体となったものでなくてはならない。この意味で私は、地域社会こそ広宣流布のもっとも具体的、現実的な実践単位であると申し上げておきたいのであります。(拍手)
そのためには、学会の組織活動のうえにおける権限も漸次(ざんじ)、地元組織に委譲(いじょう)し、自主的にそれぞれの地域の学会をつくり上げていく、という方式をとることになりましょう。地元組織としては、そうした活動を推進していけるだけのブロック組織の強化[充実]、人材の育成をお願いしたい。
なお、基本的な考え方として、ブロック活動の場、地域社会というものを一般の人々との共通の対話の広場と考えていただきたい。地域社会の人々と一体となり、人々の幸福と地域の繁栄のために、下から盛り上がった運動として、私たちの活動が展開されていったとき、それはまさに広宣流布の新時代の開幕といえるからであります。ともに、これこそ真実の“住民パワー”であり、ノンセクトの“人間党”の文化運動であるといいたいのであります。
地域の広宣流布は、そこに住む人々の手で行なっていくということ――それは誰のためでもない、自分たちのためであります。どこまでも自主的に、自分たちの力で進めていくという姿勢であっていただきたい。
ただし、信心という異体同心の要(かなめ)は、絶対に失ってはならない。この一点を失ったならば拡散していく煙のようにはかない、実体[核心]のないものになってしまうからであります。どうか、自分自身のため、家族の方々のため、また地域の人々のため、仲よく楽しく“人間共和”ともいうべき、民衆共同の故郷(ふるさと)を築いていっていただきたいことを、重ねて私は[私はとくに]お願いするものであります。(大拍手)
◆現代変革の原理
最後に[重ねて]御書の一節を拝読したい。上野尼御前御返事にいわく「妙法蓮華経と申すは蓮(はす)に譬えられて候、天上には摩訶曼陀羅華(まかまんだらけ)、人間には桜の花・此等はめでたき花なれども・此れ等の花をば法華経の譬(たとえ)には仏取り給う事なし、一切の花の中に取分(とりわ)けて此の花を法華経に譬へさせ給う事は其の故候なり、或(あるい)は前花後菓と申して花は前(さき)に菓(み)は後(あと)なり・或は前菓後花と申して菓は前に花は後なり、或は一花多菓・或は多花一菓・或は無花有菓と品品(しなじな)に候へども蓮華と申す花は菓と花と同時なり、一切経の功徳は先に善根を作(な)して後(のち)に仏とは成ると説くかかる故に不定なり、法華経と申すは手に取れば其の手やがて仏に成り・口に唱ふれば其の口即仏(くちそくほとけ)なり、譬えば天月(てんげつ)の東の山の端(は)に出(い)ずれば其の時即(すなわち)水に影の浮かぶが如く・音とひびきとの同時なるが如し」(御書全集一五八〇㌻)云々。
妙法蓮華経をなぜ蓮華という植物をもって譬えたか。それは、蓮華が花と果実(かじつ)とが同時であり、因果倶時を表しているからである、との仰せであります。いうなれば、一切経の功徳というものは、さきに善根をなせば後に仏に成ると説かれているが、これは低い経文の説き方である。法華経に説く仏法の真髄の哲理は、因果倶時であり、それをたもつこと自体、既に仏の所作である、と述べられているのであります。
低い哲学、宗教は現実を離れた遠いところに理想を求めようとする。しかし、高度にして力ある哲学、宗教は、只今の御書の「法華経と申しすは手に取れば其の手やがて仏に成り、口に唱ふれば其の口即仏なり」とある如く、この日々月々に振る舞う現実の当体[すがた]の中に、理想の究極の実体が秘められているというのであります。
すなわち、虚栄や観念を追うものでもなければ、現実否定の犠牲の哲学でもない。
甘美(かんび)な、夢幻(むげん)の夢にふける陶酔(とうすい)の宗教でもない。この現実を明晰(めいせき)にみつめた英知の哲学であり、人間それ自体の宗教であるというのであります。哲学の不毛、宗教不信、そして精神の砂漠の時代にあって、再び万人の心を潤し、壮大な民衆文化興隆の発条(はつじょう)となっていくものは、この[蓮華]の哲理、蓮華の宗教しかないのであります。正本堂という仏法史上未曾有の大殿堂(だいでんどう)の興る時、それは因果倶時(いんがぐじ)で世界に未曾有の人間文化が勃興(ぼっこう)する時でもあり、またそれを私どもは確信したい。来年、一九七二年は、国際化時代の到来、アジアを中核とする新しい動向の時代の開幕等々、さまざまに論じられておりますが、詮ずるところ、国内、国外共に揺れ続く激動への、原点模索の第一歩の年となるであろうことは間違いない。さまざまな情勢から考えて、たしかに厳しい生やさしい時代ではないかもしれません。
しかし、妙法をたもった私どもにとっては、この一年が将来の不運のコースを未然にとどめるかどうかの試練の時と考えたい。皆さんは、いかなる事態にあっても強固なる信仰と自信[確信]をもって、強風も追い風に変えて、社会のなかに燦然(さんぜん)と輝く存在であってほしいというのが、私の祈りであります。
どうか大聖人ご在世中の神四郎兄弟の殉教(じゅんきょう)の精神を胸中深く秘め、しかも信心からほとばしる底ぬけの明るさをもって、ともどもに宗門の繁栄と学会の進展を更に目指されんことを切にお願い申し上げ、私の話を終わります。(大拍手)
(昭和46年11月2日 東京・日本武道館)






