共謀罪法を考える

動物は自らが生きる為にだけ他を殺し、自分の生存するための領域を確保する為にだけ他と争い、殺しあうのみで他の理由での殺し合いはほとんどありません。

しかし歴史上、人間は多くの人々をためらいもなく殺しています。

近代においては、ドイツのユダヤ人虐殺で見られるように、アウシュヴィッツ強制収容所の所長を勤めたルドルフ・ヘスは、家庭に帰れば妻を愛し、子供を愛する良き父親ですが、ひとたび職場に戻れば、いかにユダヤ人を効率よく殺していけるかを考え、部下に命令し実行させ、ファイル上の死人の数を増やすことを目的に、日々の仕事を淡々とこなしていました。

普通の人間であれば、この様な精神異常の行動はとれません。

しかし、ルドルフ・ヘスは何故この様な残虐な行為ができたのでしょう。

これは人間が動物とは違う、人間であるが故の行為なのです。

人間は集団で生きる以上、集団の中の決まり事(法律)に従い、生きています。

その為に、この法に従っていればどの様な行為でも自分を正当化させ、罪の意識は薄れていくのです。

法律の上では、通常の倫理観は通用しません。

権力を持った側は淡々と法律を施行するのみです。

これが人間性尊厳・生命尊厳の宗教的倫理観を無くしてしまう、法律という恐ろしさです。

今回の共謀罪法は、物理的権力(警察・検察・その他行政機構)を持った国家が、国民を思想管理し、人間性の阻害・生命尊厳の阻害をする法律になる事は間違いありません。

そして法律というものは、施行する権力側に都合のよい拡大解釈で施行され、多くのえん罪を生み出します。

政治家・政党は、国会において法律を作ります。

私たちの代弁者である政治家は、私たちの為の人間性尊厳を重視した法律を作るべきです。

なぜ、私たちの自由な人間性を阻害し、自由な志向を阻害し、暗黒の社会を築こうとする共謀罪法を成立させるのでしょう?。



      

2017年05月17日