創共協定に思った事(1)

都議選の期間中、かつて創価学会と日本共産党で行われた創共協定について話題になっていましたが、選挙期間中という事もあり記事掲載を差し控えていました。しかし都議選も終了した事でもあり、私の意見を掲載させて頂きます。

1970年前後の創価学会と日本共産党の間では、互いの政治理念が理解できず、敵対関係にありました。

私たち創価学会員は、戦後GHQの共産主義否定プロパガンダと、武装闘争を呼びかける共産党員が存在した事もあり、共産主義は人権を無視した恐ろしい思想と思い込み共産党を敵対視し、共産党は、プラトンのイデア論を主体に、宗教とは頭の中にある幻想に過ぎず科学的思考が存在しない、と私たち創価学会員を軽視していました。

そのような環境の中での公明党候補者の支援活動です。

当時は街頭での討論会は普通に行われ、私が公明党の政策チラシを配布していると、彼らは私たちに政策論争を持ちかけてきました。

彼らの論調は、社会歴史学を主体としており、その上でのマルクス主義の主張でした。

反面、私たちは制度の中の人間ではなく、人間のための制度を構築していくという人間尊重・生命尊厳の中道主義を主体に論戦に挑んでいました。

そしてその論戦の中で分かってきた事がありました。 それは、互いに民衆を主体とした社会構築を目指しているという事です。

彼ら共産党は、統制経済の中での平等を考え、私たち創価学会員は、自由主義経済の中での民衆の平等を考えていました。

民衆の平等という点では、彼らとの考え方は一致していました。

私が公明党員として活動している事は近所でも知られており、元共産党員だった人が、私と政治の話をしたいと彼から話しかけてきたのです。

彼はGHQによって発刊停止になる前の赤旗の制作に関わっていた人でした。

彼の考え方は「歴史上、革命には必ず武装闘争が存在してきた。大きな社会変革をする際には、武装闘争をしなければなし得ない。話し合いによってなし得た変革など、私の知る限りでは無い。 野坂参三(のさか さんぞう)や徳田球一(とくだ きゅういち)の進めた武装闘争を含めての社会主義革命しかなし得ない。宮本顕治(みやもと けんじ)が率いる現在の日本共産党では、議会制民主主義を重んじるあまり、永久に共産主義革命は出来ないだろう」との事でした。

この様な彼に、私は池田先生の指導と御書の一説を思い起こしながら、真剣に彼と討論していました。

そして「武力によってなし得た革命は、やがて同じ武力によって崩壊させられる。また、武力によってなし得た革命は、その革命を先導した指導者達に、権力が集中し、独裁は生まれ、民衆平等の国家形成など出来ない」事を粘り強く語り、永続的な本当の民衆平等は長い時を要しますが、民衆一人一人の自己の意識変革を基本にした革命でなければ、永続的な平等はなし得ないという、私たち創価学会が考える社会変革を主張しました。

そのような論戦が1~2年続いていましたが、ある日のことです。

彼は私に笑いながら「先に創価学会に入会していた親戚に誘われて、御本尊様をご安置した。私は、功徳や罰は信じないが、池田会長が主張する平和哲学は素晴らしいと思う。これからの世界は、池田会長が指導する社会変革でなければ、民主の平等などあり得ない」と私に言うのです。

その瞬間、私の脳裏には「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」 (四条金吾殿御返事 1192頁)との御書の一説が浮かびました。

その様な経験をした中での創共協定の話です。


(続く)







2017年07月08日