諸法実相抄に学ぶ(1)

私達、日本の多くの人達が信じている信仰は主に仏教です。

この仏教は、お釈迦様の誕生した時代から、生命の尊さを説いています。そして生命とは一度限りではなく、永遠である事を説いた宗教です。その永遠の生命を繰り返す中で、生き物を殺せば重い業(ごう)を背負い、逆に利他の行い(草木や虫までも愛情や慈しみを与える)をすれば、功徳を積みあげる事が出来る道理を教えている宗教です。

この様な宗教の持っている理念が、日本民族の豊かな心となる基盤となっています。風になびく草木のこすれ合う音や、鳥や虫達の声に季節の訪れを感ずる民族です。(キリスト教等他の宗教を信じている西欧の人達には、雑音としか聞こえないようですが…。)

末法以前の爾前教の教えでさえ命を大切にする事を教えています。

「諸法実相抄」の池田会長講義を熟読して下さい。この講義の中で、十界を感じる事が出来るのは人間だけである事を説明しています。南無妙法蓮華経とは十界互具の人間の生命体そのものである事を教えています。凡下(ぼんげ)の一念を逾(こ)えず(選ばれた崇高な人間ではなく但の普通の人)と講義しています。

この言葉を私なりに解釈すると
十界を感じられる生命体は、私達凡人という人間のみである。同じ生命体でも動物や草木には十界を考える事が出来ません。まさに人間そのものが仏になる命が具わっている生命体なのです。

「現在の大難を思いつづくるにもなみだ、未来の成仏を思うて喜ぶにもなみだせきあへず、鳥と虫とはなけどもなみだおちず、日蓮は・なかねども・なみだひまなし、此のなみだ世間の事には非ず但偏に法華経の故なり、若しからば甘露のなみだとも云つべし、涅槃教には父母・兄弟・妻子・眷属にわかれて流すところの涙は四大海の水よりもををしといへども、仏法のためには一滴をも・こぼさずと見えたり」。

この一文は、「人間」(日蓮)が十界の内、最高峰の仏である立場から、衆生のあらゆる苦悩をご自分の苦悩と受け止め悩んでいる様子を表していると思います。
同じ生き物でも、鳥と虫は鳴いても苦悩を感じることが出来ない命ですが、人間日蓮は仏界の立場から、衆生の苦しみを自分の苦しみとして受け止めることが出来ています。これは仏界の中の地獄界の心境を言い表した言葉です。まさに仏とは人間そのものの命を言い表しています。

(つづく)










2025年03月06日