つくられた国際緊張(4)米国と日本政府

「自衛隊を容認してしまうと憲法9条の拡大解釈が進み、最終的に憲法9条が崩壊してしまう」と、公明党の政策審議副会長に抗議をしましたが、彼から返された言葉は、「池田の言うことは理想だ、 我々は現実の政治をしている。 池田の言う理想は、棚に上げておけばいい。 自衛隊はシビリアンコントロール(文民統制)が担保されていればそれでいい」 との返答でした。

この考え方について行けなかった私は、創価学会県本部長に「先ざき公明党は憲法9条を捨て去ってしまうかもしれない」 との話をしましたが、県本部長は笑いながら「池田先生がつくられた政党です。 絶対にそのような事はありません」 と言いきり、深く考えようとはしませんでした。

公明党の書記長矢野絢也が自衛隊を容認した翌年、1982年に内閣総理大臣に就任した中曽根康弘は、これまでアメリカが要求していたシーレーン1000海里構想を実現すべく「日本周辺および、グアム島までの海域を米軍とともに守る」と言う不沈空母発言で、レーガン大統領と日米軍事協力を約束してしまったのです。

それまでの日米安全保障条約の中には、米国に対する日本側の軍事協力は含まれていないにもかかわらず、日本は米国とともに軍事的役割を果たすと約束をしてしまったのです。

外交的に考えれば「日本は憲法9条にとらわれず、海外において軍事行動をおこせます」 と宣言してしまったのでした。

そして1992年に成立したPKO派遣法で、日本の自衛隊は実質上、憲法9条で許されていない海外での軍事展開ができる軍隊になってしまいました。

「PKO派遣法を成立させてしまった以上、もはや憲法9条は無いに等しい」 と、公明党の県会議員や市会議員、そして創価学会の県長に話をし、私の身の周りの末端学会員にも「公明党が犯した過ちにより、現実的に憲法9条は破棄されてしまう」との話をしましたが、彼らは私の話を一切拒否し、私をや共産党、大謗法の人とレッテルを貼るのみで、現状を見ようとはせず、また考えようともしませんでした。

池田先生が「政治を監視して行きなさい」 と言われたにもかかわらず、創価学会員は何も考えず、ただ公明党を信じるのみで、公明党の集票マシーンとなってしまっていたのです。

そして、国際緊張と戦争でのみ生き残れるアメリカの軍需産業、産軍学共同体の思惑通りの展開で、日本周辺に緊張がつくられていきました。


(次回へ)








      

2017年05月01日