創価学会の不動の理念と現在(4)


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第39回本部総会  昭和51年10月24日  札幌文化会館にてのご指導
(判別しやすくするために番号をつけました)

◆五項目の基本理念(不動の創価学会理念)
1.創価学会は、永遠に民衆の側に立つ
2.創価学会の実践は、人間革命の運動である
3.創価学会は、仏法中道の大道を歩む
4.創価学会の社会的意義は、平和を守り、人間文化の興隆にある
5.創価学会は、人間の精神の自由、なかんずく信教の自由を死守する
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副題 『間違った信心・信仰を気付かせる為に』

現在の原田が率いる創価学会は既に邪教になっていますが、創価学会三代にわたる会長が、身命を捨てて築きあげてきた創価学会を、このような悪道たちが乗っ取ることが出来たのも、私たちが池田先生のご指導を真剣に受け止め、学んでいこうという気概が無かった事にあるのではないでしょうか。

また、それぞれの信心が組織に受動的になってしまい、池田先生のご指導をもとに「私たちが進むべき信仰とは何か?」また「その考え方、理念とは何か?」を自分や同志と共に真剣に学ぼうとしなかった結果なのではないでしょうか。

では既に悪道の輩にのっとられ、邪教になってしまった創価学会を、どの様な行動を起こして行けば、三代にわたる会長に直結する、師弟不二の組織を取り戻すことが出来るのでしょうか?

幸いにして創価学会は宗教法人として運営されています。法律上、宗教法人は組合法人と同等に扱われますので独裁的組織体型が生まれにくい性質を持っています。

組合は組合員が株主であり、組合の運営をまかせる管理職を決めるのも、名目上は会員相互の選出によって決められています。そして職員は組合法人の従業員となります。

組織上最も強い権力を持っているのは組合員であり、その団結があればいつでもトップの管理職はクビにも出来るし、左遷・役職解任も出来るのです。

創価学会も制度上は同じなのです。
原田たち組織執行部が創価学会員を一方的に査問・除名など出来はしないのです。それを許しているのは悪の組織執行部に受動的になり、つき従う会員がいるからです。

皆さんの地区やブロックなどの中にも、組織から流れる活動方針が、池田先生のご指導されてきた平和思想とは違うのではないかと疑いつつも、仕方なく活動にのっている人達もいますが、この行為が原田達悪の独裁的組織体制を許してしまっています。この事は(与同罪)を犯している事になっているのではないでしょうか。

では現在の創価学会という組織の中にいながら、どのようにして三代にわたる会長に直結する師弟不二の信心をして行けば良いのでしょうか?

その為には現在の悪しき組織体系を打ち破る事が必要なのです。本部の流れとは別の小さな独自の仏法中道に根ざした信心の流れを作る事が大切だと考えます。そして「ブロック広布・地域広布」を強力におし進めることがその第一歩になると信じています。

一人でも二人でも、共に行動して頂ける同志を見つけ、ご近所に査問・除名・村八分の同志がおりましたら迷わずお誘いして少しでも大きな力をもって下さい。力が大きくなればなるほど、組織の流れに従順な幹部は、組織の流れに従わせようとする自分達の思いを遂行する事が困難になります。

まずは、現行の組織が決めた本部に従属する流れ(自民・公明の選挙支援など)には、絶対に従わない事がその第一歩の実戦ある行動になります。魔の流れを断ち切る為に。

それと同時に師弟不二の信心をする為に、池田先生のご指導を学び合う小さな会合を独自に開き、学び、仏法中道を自分のものとしていって下さい。

小さなブロック広布の実現が地域広布になり、やがて圏から県へと広がり、のっとり屋の悪鬼どもを除名させる大きな流れになります。

池田先生が教えて下さった仏法中道を、真剣に学ぼうとするあなたの地道な行動が(現在の組織の流れに従わない)大きな力となり、創価学会を正しく変革させ、本来の池田先生が求められた広布第二章へと前進させる事が出来るのです。

座談会は、仏法中道が中核となる考えから、創価学会の基本と定められています。
座談会は私たちの信心と実社会との関わり合いを学び、語り合う場なのです。決して公明党支援やその確認のF報告などをする会場ではないのです。

池田先生が第三代会長であった頃は、活動のF報告は座談会が終了した後か、別日に行っていたもので、あくまで選挙の際の票読みの参考にしていたに過ぎません。

当時、公明党党員をしていた私も「公明党の政策は、私たち庶民の暮らしに根ざした政策をとっており、池田先生が求められている仏法中道を政治の場で実戦している政党ですので支援をお願いします」と訴え、創価学会員の公明党に対する自主投票を求めていたに過ぎません。

創価学会員の公明党に対する支援は、湧き上がる同志への支援(公明党議員を私達とともに前進する同志としてとらえていました)という想いで自主的にF活動をし、投票をしていたものです。

*F報告が重視されるようになったのは、秋谷栄之助が会長になってからです。

尚、地域広布については第34回本部幹部会でご指導されていますので後に掲載します。


(続く)








2019年06月30日