偽りの師弟不二が築いた荒廃国家(9)


副題「責任ある人達の言葉を、疑ってみてください」

スーパーシティ法が5月に成立し、AIによって極度に合理化された社会を迎えようとしている現在ですが、このような管理化された社会の中であっても、日々膨大な情報の量が私たちの前を通り過ぎて行く事に変わりはありません。

しかし、為政者たちは私たちが知るべきである、肝心な情報をコントロールして流さず、権力にへつらう御用学者や専門家と言われる人たちが、彼らに都合の良い世論を作り出していきます。

為政者と国民との関わり合いの情報量は大きく変化していますが、これまでの歴史とそれほど変わりなく続いています。

父親の死、母親の死、子供の死、兄弟の死は、それまで様々な努力を重ねて築いてきた一家和楽の平和な家庭が一瞬にして崩れ去り、深い悲しみに襲われます。

新型コロナウイルスに対する政治行政の意図的とも思われる、ずさんな防疫によって今や全国に保菌者が蔓延してしまっている現在、多くの死傷者を出してしまっています。

しかし報道は、たんたんと今日の感染者や死者数、これまでの合計死者数の報道をするのみです。「何も考えないで情報を受け身で受け取る」人たちが、この報道を聞き続けることによって、感染者や死者数は単なるデータ化した数字になってしまい、被害者の苦しみや悲しみを感じることができない、人間の内面からの破滅に向かっています。

かつてソビエト連邦の独裁者として君臨して、多くの人々を粛清(抹殺)したスターリンが語っていたという言葉があります。

「人間を一人二人と殺すのは犯罪だが、百人千人と数が増えて行けば、それは単なるデータにしか過ぎない」という人間性を失った権力者の言葉ですが、現在の日本では多くの人々がこのスターリンと同じ感覚に陥っています。

自分自身が被害者にならない限り、その苦悩を感じることができない人間性喪失の社会を迎えるようになってしまっています。

この現状そのものが、池田先生が第33回本部総会で、来たるべき21世紀を危惧して「文明の根本的な姿勢に変化が起こらないかぎり希望ある21世紀を迎えることが出来ない」ことを語られていましたが、現在はまさに「文明の根本的な姿勢に変化が起こらない」まま時代が移行してしまっています。

この現状は、池田先生が示された「広布第二章」の道を歩まず、北条・秋谷・原田が構築した「組織信仰に従属」の私たち創価学会員が招いてしまった結果であると言っても、言い過ぎではないと私自身は思っています。

1960年代頃の私の私的な話になりますが、私に政治と社会学を教えてくれた先生は、信心の先輩でもあり、戦後の朝日新聞記者を経験したMさんでした。

彼が私に教えてくれた政治と社会学は、日々、大手各紙を読み、その中で取り上げられている問題を私に論評をさせ、少しでもおかしな論評があれば間違いを指摘し、歴史からくる問題点や、政治としてどう考えていくべきか、また創価学会員の一人としてどのような道義を創造していくべきなのか、の多岐にわたる信心根本の色心不二に基づいた、王法と仏法の相対関係の考え方を教えて下さいました。

そしてその中でも、情報の受け取り方に関しては『ラジオやテレビ、新聞等から流れ出る情報は、絶対に受け身で受け取らない癖をつける事』を特に厳しく私に教えていました。

この、情報を受け身で受け取らない癖をつける事そのものの行為を、日々心がける事が「人間として、どのようにあるべきかを価値創造する訓練になり、道義の創造と第三文明の建設を、着実に一歩一歩前進できる」というMさんの考え方でした。

「情報を受け身で受け取らない」とは、ひとつの情報を様々な観点から捉え、考え、結論を導き出してゆくという作業を意味します。

そしてこの作業の根幹をなすものは「王法と仏法の相対関係」から捉えて結論を導き出していくことなのです。


(続く)










2020年09月18日