偽りの師弟不二が築いた荒廃国家(12)


副題「経済活性化という殺人」

私は今回のコロナウイルスに対する政府対応が、これまでの行政官僚の迅速な対応の歴史とは違って、あまりにもお粗末な対応を続けて多くの死者を出し続けている事に疑問をもち、本年の2020年2月頃より政治が強く関与しているのではないかと考え、記事を書き続けて来ました。

当初は、在日アメリカ軍の関与によって中国を敵対国とする、軍事協力同盟の「アジア太平洋軍事同盟」を円滑に進めるための法整備を安易に実現するためと、安倍晋三自身の退陣につながる様々な問題を忘れさせるために、国内にコロナウイルスに対する不安を煽り、意図的に感染拡大を広げているのではないかと疑い「安倍自公は殺〇〇?」や「10万円支給の裏に潜む黒い罠」等の記事を書いていました。

しかし最近になって、政府のGoTo政策を決定した時点より、高齢者の人口比率を減らすことが目的の政策をも合わせ持っているのではないかと強く疑い始めています。

その根拠の考えとなるのは、かつて麻生太郎が自由民主党総裁として誕生するにあたり、同党の谷垣禎一(たにがきさだかず)との対談が放映されたことがありましたが、二人の会話の中で、あまりにも非情な内容が何のためらいもなく普通に話していた事を私は強烈に記憶しています。

二人の会話の内容は国家の財政に関する問題で、赤字国債に頼らなければ運営が出来ない現在、老人医療に対する無駄な治療が多いことが、保険制度を圧迫し、国家の負担が大きくなる等の話でした。

その中でも、「高齢者に対する延命治療は無駄な医療行為であり、延命治療は保険適用から外さなければならない」との意見で一致していました。

もちろん二人は政治家ですので「死んでいただく」等の直接的な言葉は用いませんでしたが、その内容に近い言葉を話していたのを覚えています。

その後、麻生内閣が誕生した頃より政権忖度をした、一部月刊のB経済誌から始まった「国を運営する上で、老人人口が多いことが要因となって、これからの若者の重い税負担となり、明るい未来は望めない」との老人を厄介者とするキャンペーンが始まりましたが、その後、民主党の鳩山由紀夫総理が誕生して、自民党が野党になったときには一時的に影をひそめていました。

しかし第二次安倍内閣が始まった2013年頃より、再び老人を厄介者としたキャンペーンが始まり「老人に対する国の負担があまりにも大きいため、老人の社会福祉を確保する為には、消費税の値上げが絶対に必要です」との消費税値上げの大義名分が、大々的にマスコミによって広報され、2014年には消費税が5%から8%に引き上げられています。(この頃の創価学会活動家であれば、この大嘘の大義名分を使い、公明党支援のF活動をしているはずです)

しかしこの時、大義名分の根拠になった消費税の使われ方は「消費税は社会福祉に使われる」という表向きの嘘をつきながら裏では、国が膨大な借金を作ってしまった赤字国債の返済に、実質的には使われていたのです。

にも関わらず、焼け野原で何も無くなった日本の経済を、苦労しながら世界に認められるまでに日本経済を成長させてきた、かつての若者である老人を、卑怯にも「国の重荷になる厄介者」というイメージを国民に植え付け、消費税値上げの大義名分に利用していたのです。

読者の皆さんは、なぜ日本が膨大な赤字国債を生み出してしまったのか真剣に考えた事があるでしょうか。

1982年に中曽根康弘が総理大臣に就任した時点で、日本の財政は健全財政でしたが、中曽根政権以降の自民党歴代政権の政策は、アメリカに服従したアメリカ忖度の国政によって、アメリカの借金であるアメリカ国債を日本の銀行に購入させていました。(後々市場に売却できない状態なので、実質的にはアメリカの借金を日本国民が背負うことになった)この事が後に、日本の銀行経営を圧迫して、銀行救済という名目で日本の多額な国債を発行して救済しています。

また経済面でも、アメリカの思惑に従わない日本の企業【※参照】は生き残ることが出来ない状態にし、日本の優良企業を追い詰め多くの外貨を失いました。この事より生じた税収不足で、国債に頼らなければ国政を運営できない状態に追い込んでしまっています。(小渕恵三内閣や橋本龍太郎内閣では、アメリカの要求に若干ながら抵抗はしたものの短命に終わってしまっています)

まさしく赤字国債が膨大になった要因は、老人の人口が増えたことではなく、アメリカに服従した国政の運営にあるのです。(この事実は、歴代の自民党政権を批判してきた人たちの間では当然のこととして捉え、考えられてきたことなのです)
※中曽根政権の時に特に大きなダメージを受けたのは自動車関連企業ですが、トヨタやホンダは、日本の多くの下請けを切り捨て、アメリカの要求通りにアメリカに製造工場を移したり、安い労働力を求めて海外に多国籍企業として進出し、この難を逃れることができました。しかしマツダは、地元広島の下請け企業との関わり合いが親密な関係のため、下請けを切り捨てる事が出来ずにアメリカの要求に応えることが出来ませんでした。その後に経営難となり、アメリカの企業のフォードに買収されています。


(続く)










2020年12月15日