
第2次世界大戦終了後、世界にはアメリカを中心とする自由主義と、ソビエトを中心とする社会主義・共産主義という新たなイデオロギー対立がわき起こり、アジアにおいては朝鮮戦争やベトナム戦争という、米ソ両陣営の代理戦争が始まり、新たな緊張が生まれました。
その中で日本を占領したアメリカは、アメリカの自由主義陣営に日本を取り込もうと戦後の占領政策を進めたのです。
鬼畜米英の教育を受けた日本国民をいかにアメリカ寄りの考え方にするか、その政策を実行するために社会心理学が必要とされました。
そしてアメリカ軍が採用した心理学は、1920年代頃からアメリカに芽生え始めた深層心理のその奥にある、人間の本能的行動を、どの様な刺激によって第三者の意図する方向へ行動させるかという、人間行動心理学(現在ではビジネスマーケティングに活用されています)と、アメとムチを使って国家を統率していくという、帝王学と言われるマキャヴェリの君主論をとり混ぜた社会心理学戦略のように思われます。

まず第一に実行された方策は、アメリカに対する憎しみを和らげるために、日本人に罪の意識を、極東国際軍事裁判(東京裁判)によって日本軍が犯した罪を、東条英機を含む7人の戦犯の死刑という形で植え付けたのです。
そしてアメとムチです。
アメは日本国民が実感できるように、目立つように大々的に行いました。
戦後の日本は慢性的な食糧不足に悩まされており、その中で小麦の援助、脱脂粉乳の援助は、飢餓状態にあった日本国民のおなかを満たすことが出来たのです。
そのほかに、アメリカの自由主義がいかに素晴らしいかを視覚で分からせるために、アメリカ映画の無償配給をして、自由主義のプロパガンダをしたのでした。
そしてマスコミの分野では、アメリカCIAのエージェントとなった正力松太郎(アメリカの30年公開文書で明らか)がCIA資金を使い、今では最大手新聞になっているY新聞でアメリカのプロパガンダを行っていたのです。
そのほか財閥解体によって中小企業の活性化、農地解放によって土地を持たない百姓に田畑を与える等々、様々な政策によってアメを与え、日本国民をアメリカの陣営に引きつけたのでした。
そしてもう一つはムチです。
ムチは日本国民の目に触れないよう、間接的に、直接的に日本の権力機構に影響力を与え続けてきました。
(続く)






