
副題 「日本国民を無知にする為に」
小泉純一郎や安倍晋三、そして菅義偉のようなアメリカの思惑にしか従わない忠実な忠犬がなぜ、多くの日本人に支持されながら誕生してしまうのでしょうか?。
答えは簡単です。国民の関心を政治政策から遠ざけ、マスメディアのコントロールによって、国民を思惑のある一つの方向性に誘導すればよいだけの話なのです。
ですが、マスメディアのコントロールは、そうたやすく出来るものではありません。アメリカの30年公文書公開でも明らかにされていますが、戦後は正力松太郎が、CIAの裏資金を使って地方紙の小さな新聞社であったY新聞を日本の大手新聞社にのし上げ、アメリカのプロパガンダや、彼らの意向に従う歴代の自民党政権をバックアップし続けていました。
また児玉誉士夫は、Nスポーツ新聞社を立ち上げ、スポーツ記事の他に読者に興味が湧くように、もっともらしく、それらしく、責任のない言葉で、永田町怪文書なるものを掲載し、アメリカに従わない者の政治的な力を弱めていました。
しかし日本国民、特に若き学生たちは、政治が自分たちの生活に与える影響力をよく知っていました。あの愚かな戦争が、政治の不毛により軍部の暴走を許してしまい、近隣諸国に多くの犠牲者と350万人以上の日本国民の血を流し、惨めな敗戦を迎えてしまった事を、両親や近所の戦争体験者から聞かされていたからです。その為、極右や極左に走る学生がいましたが、多くはマスコミの発する言論によって自分たちが向かう将来は、どうあるべきかを考えていました。そして報道の中立性を大切にしていたように、私は感じていました。
報道による言論が多くの人々に信頼され、支持されるための生命線は「中立の報道」であることが大前提になります。
敗戦前の日本の報道機関は、軍部に従属した「同盟通信社」が配信する情報を、そのまま配信し国民を戦争に駆り立て、全体主義を強要して多くの過ちを犯しながら、日本を亡国に追いやりました。
軍部権力に従い、盛んに戦争拡大のための論評を張り、多くの国民を惑わせてしまったという深い反省から敗戦後、新聞各紙、特に東京毎日や大阪毎日新聞などは、権力に従属した報道をしない事を堅く誓い、読者である国民を主体とした中立的な報道をすることを決意し、それを明らかにしていました。
新聞各紙は戦前のように同盟通信社からニュースソースを買い取り報道するのではなく、独自の取材網を構築し、新聞社としての個性有る社風を作り上げて行きました。
左翼寄りの労働者的思考中心の報道はA新聞。中立的な思考を元に、記者自身の責任を持って記事を書き上げるという社風を持ったM新聞と言うように、様々な個性を持ち、同じ事件を論評する社説でも、各社それぞれ大きく意見が分かれることもしばしばありました。
このような環境の中で、自身の報道姿勢を最後まで貫き通した岸井成格(きしい しげただ)さんは2018年にお亡くなりになってしまいましたが、毎日新聞社の「権力側に寄り添った報道はしない」との社風が確立した頃に、報道人として育成され、自分自身で判断する中立的な報道姿勢を確立した人ではないかと思います。
(続く)






