現在のウクライナ戦争へ、武器を供給し続けて大きな利益を上げ、株価が急上昇のロッキード社を訪れたアメリカのバイデン大統領は、約200人の従業員の前で演説し「ジャベリン(対戦車ミサイル)はロシア軍の侵攻に抵抗するウクライナ軍を支えている。あなた方のお陰で、ウクライナ人は自らを防衛することができているので、ロシア兵と戦うために米兵を送り第3次世界大戦となるリスクを冒さずに済んでいる」と感謝を述べた。
と言うが、この悪魔の使いのバイデン大統領は、キューバ危機の時に第3次世界大戦にまで至らなかった本当の歴史を学んでいないのだろうか?もし、この真実を学ばずに現在のウクライナ戦争を仕掛けたのだとすれば実に恐ろしく、人類の滅亡が現実味をおびてくる事になってしまいます。
一般的に言われているのは「キューバ危機が第3次世界大戦にまで到らなかったのは、ジョン・F・ケネディ大統領の国連安全保障理事会を巻き込んだ強気の政治外交が、ソビエトのニキータ・フルシチョフ書記局長を弱腰にさせた為に終末戦争までにならなかったのだ」という評価がされていますが、軍事上の歴史分析では「軍事対立現場にいた両国指揮官の微妙な理性のバランスによって第3次世界大戦が起きなかった」という分析がされているのです。
これまでの戦争の歴史の中では、争いとなる現場に配置されている兵士の緊張から起こるミスや、担当指揮官の暴走によって戦争の火蓋は切られました。一つの例を挙げれば、かつて日本軍と中国軍(国民党軍)が起こした日中戦争に盧溝橋(ろこうきょう)事件がありますが、日本軍か中国軍かのどちらが発砲したか分からない一発の銃声によって争いは起こされています。
このキューバ危機での両国の参謀本部は徹底抗戦を主張していました。
アメリカ側の空軍参謀であるカーチス・エマーソン・ルメイ(この人物については平和を崩壊させる最も恐るべき敵は、社会心理学者である(12)に掲載)などは、キューバへの全面攻撃を主張していました。そのような強気の軍部に対して、議会制民主主義の父と呼ばれている政治学者のジョン・ロックの経験論や植民地をどのように治めるかの統治論を信奉していた政治家なのか、ケネディ大統領は、国連安全保障理事会を巻き込んだ外交交渉によって、いかにアメリカに正当性ある有利な解決が出来るかの外交的取引に翻弄していました。
*補足ですが、彼(ジョン・F・ケネディ大統領)は、わずか2年数ヶ月という短い任期期間の間に、インドシナ戦争によって植民地支配を諦めたフランスに代わってベトナムへ軍事介入をし、悲惨なベトナム戦争へと事態を悪化させています。
そうした中でケネディ大統領がとった外交上の駆け引きの手段は、キューバへ向かう船舶の海上封鎖となる「海上隔離措置」をする、とソビエトへの書簡で警告しています。尚この当時は、現在のように両国の首脳が直接話し合うホットラインが創設されていませんでしたので、外交上の駆け引きは、書簡によってなされていました。(ホットラインが創設されたのは、キューバ危機がきっかけとなって創設されたものです)
この措置に強く反発したのが、ソビエトのニキータ・フルシチョフ書記局長でした。即座に送った書簡の中では「『海上隔離措置』は、両国間が交戦状態にあると判断する」との認識を表明しています。
しかし、キューバのミサイル基地建設はアメリカの存亡に関わる危機と考えていたケネディ大統領は「海上隔離措置」を実施したのです。
そのために両国間の緊張が一気に高まり、両首脳共に「準戦時体制発令」をして核兵器による攻撃準備をしています。(「準戦時体制発令」とは、攻撃もしくはその兆しが見えたときは直ちに敵に反撃、殲滅するという軍事行動の命令)
この軍事的緊張が起きた事によって、ジョン・F・ケネディ大統領夫人のジャクリーンは、国防総省より地下への避難を促されましたが「私は国民と共に死ぬ覚悟は出来ています」と答え、避難はしなかったという話が残っています。
(続く)






