
私がこのブログを始めようと決意したその大きな要因は、これまで進められてきた創価学会の平和運動が、あまりにも大きく変貌してしまった事にあります。
私のような古参の創価学会員は、池田先生が示された、日蓮仏法の生命尊厳を基本的理念とした平和思想に共感し、大量破壊兵器が生みだされてしまった20世紀以降の人類は、日蓮仏法の生命尊厳を基本的理念とした平和を求める思想にならなければ、人類の未来はないと捉え、池田先生とともに異体同心の思いで学会活動をしてきました。
しかし現在の原田会長率いる創価学会は「抑止と服従でなければ、平和を維持できない」という、古来よりの生命を軽視した平和思想である考え方に変貌してしまっています。
戦後、新興宗教の最大組織としての創価学会に育った大きな要因は、日蓮仏法の生命尊厳を基本的理念とした三代にわたる会長、特に池田先生の実践ある平和運動にあります。また、その平和運動を異体同心と捉え、活動してきた私たち学会員がいた事にあります。決して池田先生お一人で為し得た創価学会があるわけではありません。私たち会員が池田先生と共に、異体同心で歩んできた結果です。
にもかかわらず原田達執行部は、池田先生と共に異体同心の平和運動を進める私達学会員を村八分や除名という暴挙に出ています。

原田達執行部はなぜ、池田先生が示された創価学会の基本理念を捨て去り、会員を粗末にし、創価学会を衰退させる組織運営を行っているのか・・・
組織運営の基本から、あまりにもかけ離れた運営方法であることに疑問を持たざるを得ません。ネット上で言われているような貴族宗教の利益のみに浸っているとは考えられません。仮に貴族宗教の利益のみに浸るのであれば、会員の除名などの真逆の会員減少の措置などをとらずに、拡大運動を強く押し進めるのが、通常の考えられる組織運営のあり方です。
なぜ自らの利益を損なう運営をする必要があるでしょうか?。
私のブログでは、当初より日本の政治システムの中にアメリカの関与、特に在日米軍の関与を疑う記事を書いてきましたが、創価学会の歴史の流れでもその関与を疑わざるを得ません。
私が最初にアメリカの関与を疑い始めたきっかけは、公明党最上級幹部が宗門側に「池田先生を会長職から降ろしてしまおう」という呼びかけをした事を、1975年にK僧侶から聞いていた事と、創共協定の仕掛け人である松本清張が、創共協定の回想の中で「創価学会の中で、あれ程のカリスマ性のある池田会長が、孤立無援の存在だった事に驚かされた。自分の信頼する側近は地方に飛ばされ、彼を補佐する者は誰もいなく、まったく孤立していた」と回想していた事にあります。
(続く)






