創価学会の変貌(17)


御書の読み方には文上と文底の読み方がありますが、同じ御書を読むのにも学び受け取り方によっては、全く別の意味合いに受け取ってしまいます。

私の先輩に御書が趣味で、御書の何ページにどのような御文があり、どのような意味合いを持つのかを躊躇なく回答できる人がいました。そのような先輩でさえ、第一次宗門問題で創価学会を辞め、宗門側にその籍を置いてしまいました。

彼もまた、創価学会を去った他の先輩と同じく大石寺が所有している板御本尊様でなければ、宿命転換や成仏は出来ないと信じていた一人でした。

のちに彼は、宗門の僧侶になり日顕のお気に入りになりましたが、昭和54年の池田先生が創価学会第三代会長を辞められる二日前に、彼は私に電話をかけてきて「とうとう池田を降ろす事が出来た、二日後に池田が記者会見をするから見てみなさい」と、自慢げに私に語っていました。

彼にとっては以前から、御書の解釈に違いがある私に対して、気にかけての電話だったのでしょう。

あれほど創価学会の一員であることを誇りに思い、あれほど池田先生のご指導を求めていた先輩の変わりようです。

大石寺の、正本堂に御安置してある板御本尊様の、御本尊としての解釈の違いでの変わりようです。

私自身の解釈といえば、板御本尊様は(象徴の御本尊様)と解釈していましたので、宗門側の呼びかけに応じる事はなく池田先生のご指導こそ、日蓮大聖人様の血脈を受け継ぐご指導であり、血脈相承の指導者であるとして仰いでいました。

私が象徴の御本尊様と解釈したそのきっかけは、K僧侶との雑談の中の事である。

1.日蓮大聖人様は仏像・仏画を嫌い、文字を御本尊としたその訳はどのような理由だったのか?
2.一閻浮提総与の大御本尊としているにもかかわらず、なぜ大石寺の板御本尊様を拝さなければ、各々に功徳が得られないのか?
3.一閻浮提総与と言うのであれば、海外にいる同志も近隣の同志も等しくその功徳を得られべきなのに、これでは近隣の信者のみにしかその功徳が得られないという事になってしまう・・・。
4.形あるもの必ず滅する、とのことわざが有るのにも係わらず、なぜ板に書き表したのか?(一説には紙に書き表したとの説もある)長い時間の流れの中では自然災害や政変によって焼かれてしまう恐れが十分にあったはずです。これでは絶対無比の御本尊の消滅とともに仏法は無くなってしまう。

などの様々な疑問を遠慮無くぶつけ、雑談的な話し合いをしました。

そして、その中で分かってきたことは仏像・仏画では、その姿かたちに命を奪われ、信仰の本筋を見失ってしまう為に、文字にしてその本意を表しており、その本意そのものに御本尊様としての意味を持たしているのではないか?

また、一閻浮提総与としている事から、遠方の信者にも等しくその功徳を得られることが絶対条件となるため、大石寺が所有している板御本尊様を(象徴)として、その複製の御本尊を多く配し個々の御本尊とし、等しく信者に縁を結ばせない限り、一閻浮提総与にはならなくなってしまう。との考え方になっていました。

そして、1977年から2年間の池田先生の諸法実相抄講義によって、私が仮定していた板御本尊様を(象徴)としている考え方は、それほど間違った考え方では無いとの確信に変わりました。


(続く)










2018年09月20日