
松本清張は、創共協定の回想の中で「創価学会の中で、あれ程のカリスマ性のある池田会長が、孤立無援の存在だった事に驚かされた。 自分の信頼する側近は地方に飛ばされ、彼を補佐する者は誰もいなく、まったく孤立していた」と語っていました。
私の記憶では、当時、池田先生が最も信頼していた総務長の野崎勲氏も地方に飛ばされています。
野崎氏は、池田先生の代理として当時の日本共産党の中でもトップクラスの論客でもある上田耕一郎と話し合い、創共協定をまとめられた力量ある人物です。
通常、会社での総務の長であれば、会社の経営に深く関わりある役職であり、人事権も持ち合わせている役職です。そして次期創価学会第4代会長と目されていた人です。
創価学会は、池田先生の強い指導力のもとに拡大してきた宗教団体です。
その池田先生の手足をもぎ取れる程の人事権を持った人物は誰なのでしょうか?。
宗門の最高トップに君臨する、大石寺第66世の法主である細井日達猊下なのでしょうか?。
私は当時、宗門のK僧侶から聞いていた話では、1975年に宗門側で始まった池田降ろしの大合唱には日達猊下は否定的であり、76年・77年と全国大会での御出席を拒んでいたと聞いていました。ですから1975年の創価学会内部の人事に介入したとは考えられません。
創価学会内部で、池田先生の手足をもぎ取るほどの力を持った人物は誰なのでしょうか?。
また、どの様にしてその権力を持つ事が出来たのでしょうか?。
そして、ご自分の手足をもぎ取られた池田先生が、何故それを阻止することが出来なかったのでしょうか?。
あれ程の勢いを持った創価学会の前進を止めてまで何故、池田先生を会長職から降ろす必要性があったのでしょうか?。

仏法は因果の理法で現象を考えます。このような現象が起きた要因はどこにあるのか?。どのような作用で現象が起きているのか?。を考える時、池田先生の失脚を最も望んでいたのはアメリカ軍部にあると私は考えていました。
この考えに至った要因は、ヘンリー・キッシンジャーと池田先生の会談にあります。
ヘンリー・キッシンジャーは米国国務長官を勤めあげた社会歴史学者であり、武力による平和を強く信奉している人物です。
90才を越える年齢になる現在でも、ペンタゴン最高司令部に強い影響力を持っていると言われています。
彼はニクソン大統領に同行して、イギリスのウィンストン・チャーチルと会談した際、チャーチルに平和についての概念を訪ねましたが、 チャーチルは次のように答えたそうです。
「平和とは、戦争と戦争の間の一時的な休息にしか過ぎない」と。
この言葉を聞いたヘンリー・キッシンジャーは深い感銘を受けたそうです。
彼は「社会歴史学者として、自分が平和について考えてきた概念と、歴史的宰相であるウィンストン・チャーチルと、同じ概念であることに興奮を覚えた」と語っていました。
ヘンリー・キッシンジャーの政治的手法は、南米のチリ国でのアジェンデ大統領暗殺に関与したことでも知られています。
1970年南米のチリ国で民主的に誕生したアジェンデ大統領は「チリ国の財産である鉱物を、アメリカの多国籍企業が、チリ国の労働者を安い賃金で働かせ、暴利を貪り、 チリ国を貧しくしている」と国民に呼びかけ、銅鉱山などの国営化を推し進めようとしました。
これに強い不満を示したのが、国務長官であったヘンリー・キッシンジャーです。
彼はアメリカCIAに命じ、チリ国内でのアジェンデ大統領追い落としのデモ工作や、経済制裁を推し進め、最終的にはチリ軍部を動かし、1973年、アジェンデ大統領を暗殺しています。
このヘンリー・キッシンジャーの行った行為は、アメリカの多国籍委員会で明らかにされ、歴史的にも証明されています。
(続く)






