
まず最初におきた疑問は、公明党最上級幹部が宗門側に「池田先生を会長職から降ろしてしまおう」という呼びかけをした事にあります。
当時の公明党は、政党としてはまだ幼少期であり、1970年に池田先生は「公明党の政策に一切の要求・要望はしない」と宣言し、創価学会と公明党の組織分離をした後ではありますが、実質的には池田先生を中心とした政党支援がなければ、公明党はありませんでした。
第一次宗門問題が起こる前の池田先生は、現在の創価学会二世・三世の方がイメージしている池田先生の姿よりも、よりカリスマ的であり、当時の創価学会員は、池田先生に絶対的な信頼を寄せていました。
そのような状況の中で、なぜ公明党最上級幹部が宗門側に「池田先生を会長職から降ろしてしまおう」という呼びかけをしたのでしょうか?。
このような呼びかけをした事が池田先生側に知られては、公明党最上級幹部としての立ち位置がなくなってしまう危険性があり、また公明党の存続も危ぶまれたはずです。
そのような危険を犯してまでなぜ、池田先生を会長職から引きずり下ろす必要性があったのでしょうか?。
仮に公明党最上級幹部がそのような行動をさせる原因が、1975年に結ばれた創共協定によって、創価学会の政党支援が日本共産党にシフトしてしまうという恐れからと仮定しても無理があります。

池田先生が中華人民共和国代表の周恩来総理や、ソビエト社会主義共和国連邦代表のコスイギン書記長、更には世界的に著名な歴史・社会学者であるアーノルド・J・トインビー博士との会談が実現した背景には、公明党の創立者として、また公明党を介して日本の政治に大きな影響力を持つ人物と認められていた事にあります。
そのような背景があるにもかかわらず、創価学会の組織票が日本共産党にシフトしてしまうなどという事は考えられません。
では公明党の最上級幹部としての職を失う危険を冒してまで、行動する起因はどこにあるかを考える時、通常想定される欲望が行動起因になっているとは、私には考えられません。
当時の私は、公明党最上級幹部の行動起因は、恐怖にあると考えていました。
私は公明党員の一人として、日本の防衛問題に強い関心を持ち、与党自民党の防衛問題に関わるシンクタンクになりつつあった、隊友会に焦点をあて、日本の防衛問題を勉強していました。そしてその中で解ってきた事がありました。
それは、日米合同会議の存在が日本の政治システム、特に防衛問題に関しては、アメリカの強い関与があるという事です。
しかしその関与を、主権国家として成立している日本国に与えているという事を、表沙汰にはできません。
国際的には、アメリカの日本に対する内政干渉ととられてしまいます。
ですから表立っての要求はできないのです。
できるとすれば、権力を持っている人たちに陰の力であるCIA(軍事的諜報機関)の介入をチラつかせ、忖度を強要する事が最も有効な手段であると考えられます。
私の仮定でしたが、公明党最上級幹部にこの手法をつかい、行動させていたものと疑っていました。
そして、松本清張の創共協定の回想です。
(続く)






