創価学会の変貌(9)


池田先生が第三代会長を辞められる少し前に始まった、同時放送(後に同時中継に変わる)以前には、先生の御指導内容と、末端組織に流れてくる指導内容では、大きな違いを生じている事がしばしばありました。

その一例ですが、私が参加した男子部幹部会での御指導で「学会員は地域のリーダーになり、創価学会の平和思想を広めていって頂きたい」とお話しになり、「その為にはお祭りなどにも積極的に参加すべきです」と指導され、「地域で行われるお祭りは宗教的な意味合いが薄れてきており、現在では人々の友好(コミニュケーション)の場となっています」と説明され、宗教性にとらわれる事なく積極的に参加し、地域のリーダーになる事を呼びかけておられました。

しかし、組織を通しての指導内容は「お祭りは邪宗教の行事であり、祭りに参加することは大謗法になります。参加すれば御本尊様に大罰を受けてしまいます」との組織指導がされ、池田先生の男子部幹部会での指導は無視され、先生の指導内容とはまるで違う、真逆の指導が全国的に末端会員にされていました。

普通に考えれば、組織内伝達にこれほどの違いが等しく起こるとは考えられません。考えられるのは組織内伝達の途中で起こった食い違いではなく、創価学会という組織運営を把握していた最高指導部の者が、組織内伝達の最初の段階で、池田先生の指導を嫌い、宗門側に気を使った(忖度)指導を流したものと考えられます。

そのような誤った指導によって、信心に素直な末端の会員は、宗門忖度の指導を真剣に受け止め、地域のお祭りに参加する事はありませんでした。

この事が原因で、地域で創価学会員への子ども達や家族に対する差別・侮蔑がおこり、多くの婦人部の人たちが悩み苦しんでいたのです。

この池田先生の指導を嫌う、最高指導部の者の宗門忖度の指導によって、後に創価学会を揺るがす大きな社会問題を起こしました。

藤原弘達の著書、「創価学会を斬る」に関する言論出版問題です。

彼は著書の中で「創価学会の政界進出の目的は、本尊安置を国家が行う国立戒壇にあり、公明党はその目的のために存在する」と結論づけ、「創価学会は政教一致の憲法違反を犯している」と激しく批判し、池田先生はその矢面に立たされていました。

1970年以前、創価学会の中には国立戒壇の解釈に2つの考え方がありました。

1つは池田先生が教えてくださった「舎衛の三億」という捉え方。もう1つは宗門側で代々受け継がれてきた「国家が戒壇を建立する」という考え方です。

当初より先生は「現在の日本は、国民が主体となって国家を形成していく主権在民の時代です、国民が主権の時代です。一人の権力者によって国家を形づくっている時代では無いのです。国民ひとりひとりが考え、国家の方向性を決めて行きます。そしてその国民の三分の一が、私たちと共に信心をする同志となり、もう三分の一が私たちの信仰を理解してくれる人達。そして残りの三分の一が私たちの信仰を全く解って貰えない人達。その様な状態が形成された時、『舎衛の三億』が達成された時であり、国立戒壇の広宣流布が達成された時です」と御指導されていました。

ですから私は国立戒壇とは、舎衛の三億が達成された時であると理解し、私の廻りの男子部もその様に理解していました。

しかし宗門の考え方である「日蓮正宗を日本国が国教として奨励し、国家として建立する本門の戒壇を国立戒壇とする」指導が、壮年・婦人部などには組織の流れでの中で行われ、公明党の政界での役割もその為にあり、私たちが公明党を支援することによって、大きな功徳が得られますと指導されていました。


(続く)










2018年03月07日